ピルツジャパンのブログ「月刊 裏ピルツ新聞」

2021年12月15日更新コロナ禍の教訓を労働安全活動に活かす ~2021全国産業安全大会・講演要旨~

 中央労働災害防止協会(中災防)主催の全国産業安全衛生大会が10月27-29日に東京で開催されました。昨年は、新型コロナ感染者の増加で中止になりましたが、今年はハイブリッド方式で実施されました。いつもなら1万人を越える参加者が一堂に会して、大変盛会なのですが少しさみしく感じました。しかし、対面で聴講者を迎える中での久しぶりの講演の機会をいただき、ウキウキする感情や、多くの仲間に出会える喜びを感じました。やはり対面での実施はいいですね。

 今回の内容は、その時にお話しした内容の要旨(一部)を報告させてもらいます。直接、あるいはオンラインやオンデマンドで聞かれた方もいるとは思いますが、今一度一緒に考えていただけると嬉しいです。

 

1.コロナ禍の教訓と重篤災害未然防止の教訓はダブることが多い

 昨年一月から新型コロナウィルスが日本でも広がり始めました。それから約2年近くになります。得体の知れない新型ウィルスなので100%正解な対策はないのですが、対策が後手後手になったことにいらついた人が多かったのではないでしょうか。死亡者も12/1現在18,320名となっています。対策の取り方で、もっと少なくできたのではないかと常々残念に思っています。「災害が起きてからなら誰でも言えるわ!」と私が安全衛生スタッフとしてスタートした時に現場の知人から言われた言葉を今も忘れません。しかし、後から言えることを反省して「次に活かす」ことはもっと大事なことであり、そのことが未然防止活動につながるのだと思います。活かすことができなかったコロナ禍の教訓を私たちは、労働安全活動にどのように活かせば良いのでしようか。

2.「安全・安心」の使い方

 私が安全衛生スタッフになってからこれほどマスコミでこの言葉が使われたことはなかったと思います。4文字熟語として使うことは問題ないのですが、安全と安心は、文字が違うように意味も責任区分も違うと考えてやってきたので違和感を感じる日々でした。「安全とは、“すべてに安らけし”であり“与える側の責任”である」と考えやってきました。現場では変えようのない危険な設備、灼熱の中の作業環境や騒音の中での作業環境は、役員や管理者がまずやるべき仕事であると考えてきました。その対策の結果として作業者から心情的に発する言葉が「安心」だと思うのです。「けがの心配や健康を害することなど気にせずに安心して仕事ができる」という言葉になるのだと思っています。

トップの人が「安全・安心な仕事をしましょう」と言う言葉は、現場に責任まで丸投げしている言葉に聞こえて仕方ないのです。私は、「安全“と”安心の追求」などやるべき人が違うことを意識して“と”を入れて使ってきました。皆さん、違和感はありませんでしたか?

3.「具体的な表現」の大切さ

 コロナ禍の「安全」のための仕事とは、ワクチンの早期確保と接種態勢の整備、治療薬の開発への援助や医療体制の整備、中小企業や困窮者への援助などの仕組みの整備が大きな仕事だと思います。4回出された「緊急事態宣言」は、1回目は、国民一人ひとりが恐怖心もあり、効果的だったと思います。しかし、現在、過去何回実施したかも忘れている人たちの多いこと、それぞれで何を実施したのかと聞いても答えが返ってきません。成果と反省をせず、その説明もない中で繰り返すことで受ける側が「慣れてしまった」「慣れすぎてしまった」ことにつながり効果も出なくなりました。企業で災害が続くと「非常事態宣言」を繰り返し出すことがあります(多い感じがしています)。問題は、内容なのです。それまでやってきたことの成果と反省をした上で「何が足りなかったか」「よって今回の重点施策は‥‥」とならなければいけないのに、「宣言を出すことが目的化」してしまっていないかと案じています。また、重篤な災害の未然防止活動のベースはできているか(≓これからも発生するであろう新型ウィルス対策の防止策)。「重篤災害をどうしたら発生させられるか」「どうしたら防止できるかハードとソフト対策の具体化」などの“教科書”はできているのでしようか?多くの企業が整備できていません。だから「内容に変化のない宣言の繰り返し」になるのです。

 現場指導の中で「○○注意」という表示に対して「注意とは具体的に何をすることですか?あなたは何をしますか?」と質問します。そうすると必ず具体的な行動を言います。ではなぜその具体的な行動を表示せず抽象的な言葉を表示しているのでしょうか?このような事例はたくさんあります。これからは雇用形態の多様化が更に進むでしょう。もっと危険感受性の低い人たちが増えていくでしょう。貼ってあれば良いという表示・管理者の免罪符にするためだけの表示はいらないのです。もっと「具体的な表現・行動」を心がけ、同じことが具体的に言える集団をつくっていきましょう。そうすれば必ず災害は減少につながります。

4.数値管理から脱却し内容重視の活動へ

 毎日のようにマスコミで新規感染者数が報告され、多くの専門家と言われる人たちがコメントをつけていました。しかし、急激に感染者数が下がった途端、誰もその原因を説明できませんでした(少なくとも私なりに複合的要因を考えていますが、政府や学者先生から腹落ちする答えはありません)。新規感染者数の推移(災害発生件数の推移)は、傾向値管理として大切だと思います。しかし、煽(あお)っているような報道に終始したように感じたのは私だけでしょうか?もっと大切なことは、重傷者・死亡者の原因や傾向だと思います。数値だけ言っていても受ける側は何をすれば良いのかまったくといって良いほど伝わってきませんでした。私は、死亡者が1万人を越えましたという報道が好きではありません(報道の責務かもしれませんが‥‥)。家族にとって大切な一人が亡くなっているのです。家族にとっては100%なのです。企業内でも相変わらず数値のみを安全衛生目標としていることが多いのです。安全活動では、目標として設定するのはゼロしかないと思います。もっと大切なことは、ゼロに向かっていくための隠れたリスクに対する改善計画であり、対策項目・費用などの具体的な実施項目が共有されることだと思います。内容重視の活動への転換を考えてください。

5.非常時の指揮命令系統の整備と組織横断的活動

 緊急事態で仕方ない面もあったと思いますが、コロナ禍対応大臣が確か6名選任されていたと思います。専門委員会もありました。それぞれが役割を持ち、先手を打つためにも、より深く対策などを検討するためにも必要だと思います。しかし、誰がまとめ役なのか、舵取りをしているのか分からない状態がありました。最近確認されたオミクロン株対策でも、入国規制で課題が露呈してしまいました。何が起こるか分からないことに対応することは難しいことです。しかし、常に「最悪のこと」を考えて普段から準備しなければ国民の命を守ることはできないと思います。安全活動の柱は、リスクアセスメントです。「網羅的に洗い出すこと」が目的化しているケースも見られますが間違いです。究極の目的は「重篤災害の未然防止」です。それらを漏らさないために網羅的に洗い出し未然防止対策を考え実行し、危険性のランクダウンすることです。

 災害は「企業・職場の問題の代表特性」です。重篤災害を仮設定して、幅広く真の原因を追求して平穏な時(コロナ禍が静かなときに)にこそ、組織横断的に動ける態勢をきちっと整備しておく必要があるという教訓が残ったと思います。安全衛生スタッフの役割の大きさを痛感しています。いざというときにバタバタしないためにも準備と訓練が大切だと思います。

6.「活かし・つなぐ」活動の大切さ

 何ごとも完璧なことなどありません。安全対策も100%の活動などありません。私たち人間は、ウィルスとの戦いの歴史とも言われています。古くはコレラであったり、SARS、MERS、鳥インフルエンザであったりと多く経験をしています。これからも多くの試練が来ると思いますが、これまでの英知を結集して臨んでいかねばならないと思います。労働災害も業種別に考えれば、ほぼ100%再発であることを考えればその反省と教訓を活かさねばなりません。私たちに課されたことは、将来に向かって「活かし」「つなぐ」活動だと思います。わかりやすく仕組み化し、活動の見える化を進めていくことだと思います。安全活動を単なる「災害防止」だけに終わらせるのではなく、課題解決に向けた小集団活動を通じた「人づくり」をして、企業体質の向上、強い現場づくりへつなげていくことだと思っています。皆さんの頑張りを期待しています。

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