ピルツジャパンのブログ「月刊 裏ピルツ新聞」

2016年7月12日更新「彼」は今もそこにいる

先週、ドイツ映画「帰ってきたヒトラー」を観てきました(家族は絶望的に興味ないネタなので、深夜のぼっち観劇です)。小説をもとにした風刺映画ではありますが、実に興味深く、現代ドイツに対する重いテーマを突きつける佳作だと思います。

 

物語はドイツ第三帝国総統アドルフ・ヒトラーが1945年から2014年のベルリンにタイムスリップしてくるところから始まります。最初は何が起きたのかわからなかった「彼」は、街の新聞スタンドで自分が69年後のドイツに迷い込んだことを知ります。言うまでもなく物凄いカルチャーショックを受けるのですが、さまざまな現代の「情報」に触れるにつれ、やがて本来の「使命」を果たすべく、テレビやネットなどのメディアを巧みに操って行動を開始することになります。

一方で、「彼」を見た現代のドイツ市民は、「彼」が凄く完成度の高いモノマネ芸人だと認識します。それどころか、ゲリラ撮影で「彼」を市中に引っ張り出した際、ほとんどの市民は「ソートー閣下、超ウケる!」「ソートー万歳!」「一緒に写真撮っていい?」と大歓迎。実際に撮影された自撮り写真は25000枚に上ったそうです。

ご興味ある方は、映画の公式サイトで予告編が見られますので、ぜひチェックしてみてください。ロングVer.とショートVer.があります。

▼映画『帰って来たヒトラー』公式サイト
http://gaga.ne.jp/hitlerisback/

 

ご存知の方も多いでしょうが、ドイツではナチスに関わる行為や言動は一切が法律で禁止されており、レストランでウェイターを呼ぶため右手のひらを挙げただけで逮捕された外国人もいます。ヒトラーの著書である「わが闘争」は、ドイツでは昨年まで発禁処分でした。要するにヒトラーはじめナチスを「悪魔化」し、「臭いものにフタ」を国策として70年間徹底してきたわけです。

しかし、この国策が描き出したヒトラーの悪魔イメージは、皮肉なことに今回の映画撮影で裏目に出ていることがわかってしまいます。実際にヒトラー(のようなもの)と接した人々は「なんか想像してたのと違って普通のおっちゃん」「結構マトモなことを言ってる」「過激だけど正論だよね」というギャップに「萌え」てしまい、単なるイロモノではない、完成度の高い風刺芸人として爆発的な人気を博すようになります。ヒトラーの真実の姿を知らないがために、人間ヒトラーに触れて防御を解いてしまう。

折しも難民が大挙して国内にやってきている昨今、ドイツでは反移民を旗頭に掲げる極右政党が地方選挙で躍進しつつあるタイミング。「ドイツは果たしてこのままでいいのか」という問いを、ヒトラーは70年前にはなかったSNSやYoutubeなどを駆使して大衆に語りかけ、国粋主義を煽ろうとします。刺激を求めるテレビ局が彼をテレビのトーク番組に起用すると、音に聞こえた演説の天才たる能力をいかんなく発揮して聴衆と視聴者を釘付けにし、瞬く間に人気番組に。そして、「彼」をニセモノだと思ったネオナチに市中で暴行され病院に運ばれると、同情を集めてさらに人気が高まり、ついには映画に出るまでになります。

結末はネタバレになるのでここでは触れませんが、最大の特徴は「ヒトラーも悪いことばかりしていたわけじゃない」という描写です。作者はこの点について「『彼』は友好的で賢く魅力的だったからこそ政界での台頭やホロコーストが実現したという事実が、『悪魔化』によって覆い隠されてしまっている」と指摘。持ち上げるでも、こき下ろすでもなく、あくまでもリアリティをもってひとりの熱血政治家としてヒトラーを描くことによって、その危険性に警鐘を鳴らしています。

「彼」のセリフは示唆に富んでいます。

「私が大衆を扇動したのではない。大衆が私を必要としたのだ」

「私を選んだ大衆の価値観は私と変わらない以上、私は何度でも蘇る」

劇中、ほとんどの大衆が「彼」をモノマネ芸人だと嗤っていたなかで、戦前の「彼」を知る認知症の老人が「彼」の正体を見抜き、発した言葉が衝撃的です。

 

「最初は、みんなそうやって笑っていたんだ」

「ある日突然、家族はガス室へ送られた」

「もう騙されないよ」

それが真実であっても、認知症である彼女の言葉にはだれも耳を傾けません。あの頃と同じように。

戦後、ナチスを悪魔化し当時を暗黒に塗りつぶす教育や報道を徹底してきたドイツ。日本ではあまり報じられませんが、その内容はもはや完全に硬直化・教条化していて、「どうしてそうなったのだろう?」という疑問さえタブー化し、脊髄反射的にナチスを拒絶するだけの人がとても多いのです。

そして、その教育がむしろ危険性を増していることは、今回「彼」と自撮りした人々の数からも明らかです。フタをしてきた臭い物・腫れ物に、ようやく真正面から向き合おうとした小説や映画が出てきたことは、当時は封殺されていたドイツの良心だと思いました。

なお映画は賛否両論を巻き起こしながらも、ドイツでは公開後3週で興行収入第一位を記録し大ヒット。笑いと話題を振りまきながら、「あんたも笑ってる場合じゃないよ」と訴えかける後味は、絶妙の苦味をもたらしてくれます。

 

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