ピルツジャパンのブログ「月刊 裏ピルツ新聞」

2017年1月18日更新マイスターとハンドメイドにめっぽう弱い日本人

ドイツと言えばマイスター。マイスターといえば時計や刃物に革製品、あるいはハムやソーセージ、ビールといったザ・ドイツな飲食料品でしょうか。最近は職種に関係なく「達人」を意味する言葉として、何でもかんでもマイスターと呼ぶ風潮さえありますが、そもそもマイスターって何者なんでしょうか?

マイスター制度自体は約800年前にドイツで(といってもその頃ドイツという国はなかったので「ドイツ近辺で」となりますが)成立していたと言われています。ものすごく簡単にまとめれば、「公的な技能試験に合格し、徒弟を持ち指導する資格を持つ職人」となります。一般的に知られるイメージと違い、300を超える職種のマイスターがいて、電気工事や左官業、水道工事などのマイスターもいます。

さてここで、疑問が生まれませんか?

「ドイツは工業国だけど、そのなかで手工業を糧とするマイスターってどういう人がなるの?」

この質問に対する答えは、実は現代ドイツの大きな社会問題でもあります。よほどのドイツマニアでない限り日本ではあまり知られていませんが、ドイツでは10歳のときにそれ以降の教育を受ける学校を3つの選択肢から選ぶ必要に迫られます。基幹学校、実科学校、ギムナジウムとあるのですが、なんとこの「10歳の選択」によってその後のキャリアはほぼ決まってしまうのです。

基幹学校は事務職、実科学校は職人、そしてギムナジウムは大学進学をそれぞれ目指すために存在し、あとから「やっぱ大学行こう」という軌道修正は基本的にできません。イチロー選手や本田圭祐選手は、幼いころから「自分はプロになって世界で活躍する」と決めていたようですが、凡庸極まる私などは10歳の頃、将来どころかその瞬間のことさえ何も考えず脊髄反射で生きていた自信があります。ドイツの小学生恐るべし!(でも実際には、ドイツでもやはり親の希望で進路が決まることがほとんどとのことです)。

で、この人生の岐路で基幹 or 実科学校に進み、卒業して職人に弟子入りして経験を積んだのちに、各州の試験を受けて合格した者が晴れて「マイスター」と呼ばれることになりますが、実は最近、若者のマイスター離れが顕著になってきているのです。

マイスターとなっても仕事が保証されているわけではなく、自営業者として自分でお客を掴まなくてはなりません。ドイツは工業国で、最近はITにも力を入れていますが、日本と同様に、伝統的な工業・手工業はマーケットが縮小しているのです。

万年筆や機械式時計といった世界中で引く手あまたのトップブランドはさておき、そうでないローカルのマイスターは、当然ながら安いアジア製・東欧製の日用品に駆逐され、“ジリ貧”なことを皆が知っているので、親も子供もマイスターになりたがりません。

例の「人生3択」でも半分~8割が実科学校やギムナジウム→大学のコースを辿るようになり、職人コースは「誇りを持って職人を志す」というよりも「学力が足りずギムナジウムに行けなかった」子供のコースになってしまいました。

当然、マイスターは減るわけですが、先述の通り社会インフラなども請け負うマイスターがいるので、国としてはマイスターが絶滅しては困ります。何とか保護するために、たとえば「マイスターが施工したリフォームでないと保険に入れない」などの規制をかけたりした結果、マイスターのコストが上がってしまい、リフォームを先延ばしにするなど、事業自体が立ち行かなくなる事態が起きて、完全に負の連鎖にはまってしまいました。

マイスター保護は実質的な貿易障壁であり、他のEU加盟国からも総スカン、まさに四面楚歌です。ドイツ国内の市場はあまり期待できそうにない中、海外を目指すのは自然な流れです。さあ、ここでドイツとマイスターにとても弱い日本人の登場です。

ドイツ工業製品に対する日本人顧客の信頼は絶大なものがあり、多少の不祥事では揺るがないほど強固です。メルセデスやアウディといった自動車は言うに及ばず、文房具のモンブランやラミー、鞄のリモワ、時計のランゲ&ゾーネ、クロノスイス、家電のミーレやブラウンなどは、日本でもよく知られたMade in Germanyの典型で、いずれも高級品のイメージを確立しています。

また、ドイツはハノーバー種やウェストファーレン種など馬術馬の産地として名高いため、馬具から派生したゴールドファイルやアイグナーなど革製品も有名です。

ドイツにあるこれらのブランド直営店は、どこも日本人観光客でいっぱい。特にリモワのスーツケースは日本との価格差が3~4割以上もあるため、私も何度か現地で購入しましたが、日本人スタッフを置いている店もあったくらいです。

そのうちの一つを、帰国翌週の国内出張でうきうきしながら使っていたところ、JR近江八幡駅の階段で事件が起きました。例の、伸び縮みするハンドルが本体からすぽーんと抜けて、カバン本体が階段をがーんがーんと音を立てて転がり落ちたのです。

階段の上には、本体のないハンドル(というか妙な二本の棒)を持って立っている中年のおっさん、そして階下にはボコボコに凹んだアルミのリモワ。居合わせた女子高生の「超かっこわるー」「しっ聞こえるで」という陰口が、10年近くたった今も忘れられません。

直営店で購入後10日で屈辱的に壊れたリモワには世界共通保証書がついていましたので、勇んで日本の代理店に電話したのですが、「お客さん、それはドイツで買ったんですよね?なら保証適用外です」という見事な塩対応。「でも、保証書は日本語で書かれていますよ」と粘っても「それは本社が勝手にやってること」「当社は関知しない」の一点張り。

結局、ドイツのリモワ本社に電話&メールで壊れたカバンの写真を送ったところ、日本の代理店と話してくれて、めでだく無償修理とあいなりました。

カバンに限らず、一般的に日本人は「職人技」「手作り」「手縫い」というワードにめっぽう弱いと言われます。私自身、それらのワードに反応した過去は否定できませんし、実際に素晴らしい品もありました。

しかし、本来「職人」であること、つまり作り手の属性は出来上がったモノとは何の関係もありません。同様に、手作りであること自体には何の価値もなく、機械ではできない加工や製造方法を実現できるからこそハンドメイドに意味があるのです。

機械でできることを人間がやっても、値段が高くなり品質も落ちます。工業化が進んだ現代においては、職人技とそれに見合うお金を払うマーケットはとても小さく、成功のチャンスは多くないのが実情です。ライカやAEGといった歴史あるドイツメーカーはいずれも独立採算を保てず、他国企業の傘下に入り以前とは違う会社になったところもあります。

ハンドメイド製品の例として、トヨタ・プリウスは月販約15,000台売れていますが、エンジン手組みの日産GT-Rは月販40~50台です。

工業化が進めば進むほど、職人の手工業がニッチなハイエンドに移行するのは時代の流れと言えるでしょう。

それに、本来はイメージによらずモノの本質を見極めなければ、作った職人の方々にも失礼だと思うのです。日本人は職人やハンドメイドに弱いですが、一方で品質に対しては世界一うるさい目利きです。信頼性の点で言えば、工業製品の品質で間違いなく世界一なのは日本製でしょう。日本製なのにすぐ壊れたとなれば、たとえ職人技でもあっという間に淘汰されてしまうでしょう。そのハードルが、なぜかドイツ製に対してはほぼ無条件に下がるのが不思議です。

ところで、ドイツ人ももちろん自国製品に対して揺るぎない自信とプライドを持っています。象徴的な話として、ある自動車雑誌の編集長がダイムラー本社を訪問した際、現地のエンジニアに真顔でこう言われたそうです。

「世界でダイムラー・ベンツだけが自動車を作っているのです。」

すなわち、他のメーカーは「自動車のようなもの」を作っているだけですよ、というわけです。確かに、130年前に自動車を発明したのはカール・ベンツですが、最初に作ったから今もオンリーワンと言い切るあたり、ドイツ人特有の「工業中華思想」がにじみ出ています。

余談ですが、そのベンツはこれまでに二回、ル・マン24時間レースから撤退しています。一度目は1995年にホームストレートで大事故を起こして車体が観客席に飛び込み撤退。二度目は1999年に予選・決勝で実に3回「離陸」して宙を舞いました。

これ以降、ベンツは今もル・マンに戻っていません。レース中の事故はどのメーカーにも起こり得ることですが、先のようなベンツの「姿勢」は衆人の認めるところですから、あまり風呂敷拡げないほうがいいのでは・・・と思う私は日本人。ドイツ人は今日も胸のボタンが吹っ飛びそうなくらい自信満々で、ドイツ製品に魅せられる世界中の顧客にドヤ顔を見せていることでしょう。

 

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