ピルツジャパンのブログ「月刊 裏ピルツ新聞」

2017年2月16日更新わが闘争、売れてます(ドイツで)

ミュンヘンの現代史研究所が今年1月3日に発表したところによると、ヒトラーの著書「わが闘争(Mein Kampf)」が8万5千部を売るベストセラーになったそうです。

70年の発禁期間を終え、今年1月から発売開始された同作。発売3日での「偉業」は、大半のドイツ人には予想外だったようです。しかもこの本は、2冊組7,000円もするハードカバーの分厚い「学術本」ですから、最初からたくさん売る前提でなかったことは明らかです。ちなみに、2月7日に発売された今をときめく乃木坂46の白石麻衣写真集は、スゴイ前評判で初版10万部( 税込1,944円) 。70年以上前に死んだ独裁者の著書がアイドル写真集並みに売れるのですから、誰もがびっくりする話です。なお私はどちらも「まだ」買っていません。

戦時中は一家に一冊置くことが義務付けられ、当時1,200万部(!!)以上売れた「わが闘争」の歴史からすれば8万5千部なんて誤差でしかないという意見がある一方、電子書籍も一般的になりつつある現代で、こんな超高価&硬派な「学術書」が8万5千部も売れるのはやはりすごいことでしょう。少なくともドイツにはヒトラーの言葉を知りたい人々が、少なからずいるということです。

何度かこのブログでもご紹介してきましたが、戦後ドイツは戦争責任について、基本的にすべてヒトラーとナチスになすりつける方針を採ってきました。確かにドイツは人道にもとる大悪事を働いた、でもそれはドイツ国家としてではなく、あくまで一部の「おかしな」輩に洗脳・恫喝された結果で、ドイツとしては責任を負わない、という理屈です。

実際、ドイツは今もどの国とも講和条約を結んでいません。念のため言葉を添えておくと、仏英米ソとの間で「最終規程条約」は結んでいますが、ドイツ連邦政府は「これは講和条約ではない」と言っています。また、それ以外の周辺国とは個別に協定のようなものを結んでいますが、講和条約はなく、国家としては責任なしという姿勢です。そのかわりに、「ナチスに関わる者や物はすべて封印する義務」を自ら課したため、公共の面前で右手は挙げると逮捕されるし、ナチスに関しては言論すること自体禁止です。

その一部の「おかしな」輩は、国民に選挙で選ばれたのであって、ドイツとしては同じように「おかしい」輩を再び選ぶことがないようにすべき、ということなのですが、だからといってひたすら歴史を暗黒に塗りつぶして「あいつらさえいなければ」と責任転嫁する方法論は、その有効性についてドイツ人からも異論が出ていました。ドイツは日本以上に空気を読む社会ですので、タテマエでは誰も異論は唱えませんが、隠していた本音は別のところにあったというのは、以前ご紹介した映画「帰ってきたヒトラー」のヒットでも明らかです。

メルケル政権が招き入れた100万人を超える難民は、建前では「人として受け入れなければならない」一方、本音は「こんなに受け入れちゃって治安や雇用は大丈夫なのか?」「そもそもドイツはドイツ人の国。外国人が大量に入ってきて、我々の社会が危険になったらどうしよう」でほぼ一致しています(昼間は建前だけですが、夜飲み会まで行くと本音が聞けます)。

そんな清く正しい建前に苦しみ悩むドイツ人に、「本音で話しましょう」と呼びかけているのが極右政党AfD。果たして地方議会では連戦連勝、今秋の連邦議会総選挙も台風の目になりそうな勢いです。そして、ここに来て大西洋の向こう側に直球の本音だけしか話さない剛速球投手が現れました。そう、トランプ大統領です。

彼は建前を全て破壊し、アメリカ人の直球本音を具体化する政策を打ち出して大統領に選ばれました。選挙費用も自前ですから、特定の利害関係者に影響を受けません。ロビイストも完全否定。「人として正しいこと」はほぼ無視して、「我が国最優先」という単純明快・慣例無視の政策を、就任当日から次々に実行に移しています。

オバマ政権は核兵器廃絶や皆保険制度など「世界にとって清く正しいこと」を追求していましたが、その一方で無人爆撃機を積極的に使い、他国に二年間で約5万発の爆弾を投下していたことなどから、毀誉褒貶相半ばしています。

何しろ超大国の大統領ですから、清廉潔白・品行方正なイメージだけではとても務まらないことは衆目一致するのですが、貧困層またはその一歩手前の人たちがどんどん増えていったため、オバマ氏の「聖人ぶり」にしらける有権者も多かったのです。

今、アメリカでは定職についていない人は1億人以上もおり、そのうち5千万人は国際的定義に照らして貧困者に該当します。そして、職がない人はオバマ政権になって1,100万人増えました。「世界平和もいいけど、仕事もない国民の俺たちは放置かよ・・・」の声が上がるのも致し方ありません。

一方、トランプ大統領は正反対です。「世界にとって汚く悪いこと」であっても、アメリカにとって都合がいいことならば躊躇なく実行に移します。メディア側にいた人なのに新聞やテレビが大嫌いで、CNNやABCなど巨大メディアを「嘘ニュースは黙ってろ」と一刀両断して総スカンを喰らっていますが、一向にお構いなし。実際、トランプが大統領になると予測したのはアメリカではたった一社、ロサンゼルスタイムズだけだったそうですから、「メディアは嘘ばかり」というトランプの指摘は的外れでもないのです。

なお、私は本音だけのトランプ、建前ばかりのオバマのいずれも両極端だと思っており、どちらも支持しません。ただ、アメリカは民主的に両極端を選んだ、ということです。

トランプの話を続けましょう。彼は就任後すぐに数十の大統領令を連発しましたが、中でも最も破壊力があったのは言うまでもなく特定7か国を狙い撃ちした入国禁止措置でしょう。しかも安全保障上の理由ということで即時発効させたため、入管や航空会社は大混乱に陥ったのはご存知の通りです。トランプ憎しのメディアはここぞとばかりに批判の大合唱です。地方裁判所が大統領令の無効を訴え、認める仮処分が下ると、鬼の首でも取ったかのような喜びぶりです。いわく、“7か国のかわいそうな人たちを救ってあげなければ、アメリカは自由と博愛の国なんだから”、と。

しかし、ちょっと待ってください。いかに暴君トランプといえど、法律を無視しているわけではありません。実際に今回の入国禁止大統領令も米移民国籍法に基づいています。それによれば、大統領は移民・非移民の別なく外国人の入国を拒否する権限を持っていて、今回はそれを行使しただけです。

しかも、今回対象となった7か国は、オバマ政権時代にテロ支援国家として移民国籍法第217条で「指名」されていました。そして、電子査証であるESTAは、トランプ就任前から発給が停止されています。つまり、7か国はトランプが恣意的に選んだわけではなく、元々入国制限があった国です。それでも米国へ行きたい、という人は、入国拒否を受けるリスクが元々あったのです。

今回の措置は、テロ防止の実効性を伴うかといえば、おそらくほとんどないでしょう。なぜなら過去、アメリカでテロを起こした犯人の大半は永住権を持つ合法移民でした。トランプもそれはよくわかっているはずです。ただ、アメリカに行こうとする外国人に対して「ビザがあっても入国は簡単ではない」と思わせる心理的効果は絶大です。

不法移民が1,000万人を超えるアメリカでは、何らかの対策を取らないとこのままでは問題だ、と思う人が多くいるからこそ、「不法」移民排斥を公約に謳ったトランプが選ばれたのです。彼自身がドイツ移民の孫ですから、移民全部を否定してはおらず、実際に受け入れは継続しています。特定7か国からの入国も、裁判所の決定に従って再開しており、法治も(今のところ)守っています。

移民と聞くと、日本人は何となく弱者的なイメージを持ちますが、現実のアメリカで移民は画一的なイメージではとても捉えられないほど多様で巨大化しています。その中には何度となく犯罪→送還→不法入国を繰り返す者や、納税義務を回避し、アメリカ国民以上に莫大な利益を上げる者もおり、一概に弱者とは言い切れません。トランプがターゲットにしているのは、移民の中でも「犯罪歴のある不法移民」であり、その不逞の輩を強制送還する選挙公約を実行に移しているわけです。

 

一方、昨年一年で100万人以上の「合法難民」を受け入れたドイツも、抱える悩みや不安はアメリカと全く同じです。しかも移民で国が成立している合衆国とは違い、ドイツは歴史的に移民が多い国ではありません。大戦後の産業復興に際して不足した労働力を補うため、トルコ系移民を安価な労働力として「一時的」に受け入れる政策を採った結果、意図に反してトルコ系移民は居心地がいいドイツに永住してしまいました。

それだけならまだいいのですが、彼らはドイツにあってもムスリム文化にこだわり、ドイツ社会に同化せず並行社会を作っています。これに対してドイツ人は不満を隠そうとせず、「ドイツはオープンであるべきだが、ドイツに来た以上はドイツの社会に同化してもらいたい」と多くがこぼします。

今やトルコ系移民は200万人を超えるといわれ、治安の悪化やドイツ人とのトラブルも頻発しています。これに今回のシリア難民が100万人加わったら一体どうなってしまうのか?という不安は当然で、これが難民排斥を謳う極右勢力躍進の大きな原動力になっているわけです。

欧州最大の発行部数を誇るニュース週刊誌Der Spiegelは2月4日号で「血に染まった自由の女神の首級と血みどろのナイフを高々と掲げたトランプ大統領」のイラストを表紙に掲載し、物議を醸しています。ニュース誌でなくても相当な悪趣味ですが、この新大統領に対する拒否反応にも近いドイツ誌の描写は、多くのドイツ人が抱く正義感と裏腹の移民・難民への不安、そして不法移民排斥をためらわないトランプへの屈折した羨望を表していると思います。

1933年、第一次大戦の天文学的賠償金に追われ空前の不景気にあえいでいたドイツをV字回復に導いたナチスはついに政権の座に就きます。失業率が1割を超え、結婚さえできない窮状で敗戦の屈辱を味わっていたドイツ人の「負けたからいじめられてもしょうがない」という建前の陰で渦巻いていた「本気を出したらドイツは敵なし」という本音に火をつけたのがアドルフ・ヒトラーでした。

昨年タイム誌のPerson of the yearに選ばれ、表紙を飾ったのはトランプでしたが、79年前の1938年に「年の人」に選ばれタイムの表紙を飾ったのはヒトラーでした。Der Spiegelはトランプをこき下ろすより前に、ヒトラーの著書が売れている自国の現状をしっかり見据えるべきです。

 

「わが闘争」のヒットが、理想主義にも近いドイツ人の建前をトランプのような本音が上回る「揺れ戻り」の兆候でないことを祈るばかりです。

 

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