ピルツジャパンのブログ「月刊 裏ピルツ新聞」

2016年11月16日更新拝啓 前都知事さま

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M前都知事、「その後」誌面やメディアでご無沙汰ですが、いかがお過ごしでしょうか?

あれほどの熱狂を振りまいた(というか巻き起こした)にもかかわらず、大衆の関心はうたかたの如く移ろいやすいもの。いまや東京都といえば百合子無双の一語に収斂されている有様で、東京防災の出版をはじめ、数々の赫々たる実績をあげてこられた前知事のお名前は、豊洲市場謎の地下水脈と共に時折語られるのみとなっています。

思えば私の前知事に対するシンパシーは、25年前にさかのぼります。

当時造船会社でエンジニアとして働いていた私は後退し始めた生え際に真剣に悩んでおり、あの手この手で何とか後退を食い止めようと、今思えば全くの徒労を繰り返しておりました。

日向灘で行われるタンカーやコンテナ船の試運転中にも当時最新鋭のカロヤンアポジカを持ち込んでせっせと頭皮に塗り込んでいたのを同僚に目撃・暴露され、ゆるぎない殺意を抱いた微笑ましい過去を昨日のように思い出します。

その頃、すでに東大卒の国際政治学者として舌鋒鋭く政治家に斬り込んでいた前知事は、私と酷似した「無理な」髪型とこれまた共通する大きな眼で、「似たような外見でも活躍は天地の隔たり。自分もあのように活躍できたらいいのに」と忸怩たる気分になったものです。

当時、私の職場が今やTOKYOで最もアツい豊洲であったことは、前知事とのシンパシーを騙る、ちがった語る上でもちろん偶然ではなく運命としかいいようがありません。当時の豊洲は工場や倉庫ばかりの、まさに「不毛地帯」でした。そうです、前知事と私は時空を超えて豊洲でつながっているのです。

その後、私は白くない日系企業や外資系企業をいくつか転々とし、ピルツジャパンにたどり着きました。育毛剤などの悪あがきはとうに止め、1000円カットに行けば「前髪どうするか訊かないの?」と言い放って床屋さんを絶句させるなど、生え際が気にならない生活を送っていたとき、舛添都知事誕生の報に触れ、あのころの生暖かく甘辛い記憶が蘇ってきました。

前知事は論より実行、政界に転身して輝かしいキャリア(と額)を磨き上げられた後、都知事に就任。不適切ではあるものの違法ではない純金風呂や湯河原別荘、習字のイロハもわからない庶民とのギャップにお苦しみのトップリーダーが仰いだ第三者の厳しい眼も理解を得られず、知事を追われることに。生え際とギョロ眼に加え最近とみに増えた白髪と眉間の皺に、毀誉褒貶をものともしない往年の強靭さよりも、年齢相応のダンディズムを感じました。

「AGAって効果あるのかしらん」などと薄毛の矜持を捨てつつあった軽薄な私には、強烈な一撃でした。改めて、ギョロ眼薄毛で何が悪い!と、残り半分くらい?の人生に向けた自分の処し方を考えるきっかけを与えて下さったことに深く感謝致しますとともに、前知事の華々しい捲土重来を衷心よりお祈りしております。敬具

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