ピルツジャパンのブログ「月刊 裏ピルツ新聞」

2017年8月25日更新フェイクニュースが大流行

「あんめりか、ふゎーすとぅ」の大統領がメディア攻撃する際の定番文句としてすっかり定着したフェイクニュース。事実ではない、あるいは事実を歪曲して伝えるなどの虚偽報道のことですが、最近読んだ「フェイクニュースの見分け方」(烏賀陽弘道著、新潮新書)にはその手法と注意点がたくさん載っています。

特に面白かったのが「印象操作の蔓延」という章で、「事実の裏付けなしに、書き手の価値判断が混じった言葉を使った文章には疑いの目を向ける」という内容です。たとえば、「意気込む」「決意を語る」「胸を張る」「夢を語る」「反旗を翻す」「反発する」などがそれで、いずれもコメントの後に添えられることが多いのですが、筆者が記者時代にこれらは絶対に使ってはいけない、と言われていたそうです。

本来ならば「話した」「述べた」と書けばいいのに、こういう記者の思い込みで勝手にニュアンスが加えられ、読者の印象が操作されることが新聞・テレビですごく多くなってきたとのこと。

そもそもメディアに「私、意気込みます」などと言う恥ずかしい人はまずいないでしょう。たとえ実際にドヤ顔でエッヘン!と胸を張っていたとしても、それをそのまま報道に流す意味は全くないわけで、ドラマチックに誇張して目を引く印象操作に過ぎませんし、それが自分に通用すると思われているのも心外です。

本書では「報道の根拠となる『事実』が弱いと、修飾語が過剰に強く、大げさになる傾向がある」と書かれていて、まさにその通りだと思いました。新聞・テレビなどのオールドメディアは衰退が顕著(販売部数や視聴率の低下)で、以前のように取材にコストをかける余裕がないのかもしれません。ただ、今はインターネットがあり、知識があれば裏付けを取るか、より事実に近づくことは誰にでもできるようになりましたので、メディアが報道を独占していた時代よりはフェイクニュースの判別は容易になりました。一方でネット情報は玉石混交ですので、読み解くチカラを養う必要性は増しています。

私は営業時代、「この案件は受注できそうか?」という上司の問いに対して、予算や決定権者などの事実確認が弱い案件の受注確率を高めに報告するため、あの手この手で「修飾」したことがあります。もちろん、苦し紛れの印象操作でしかなくて、そういう案件は間違っても受注できないため、事実だけを報告するようにしました。

今思えば、上司にだってバレバレだったと思います。日常生活でさえこの有様ですから、利害や欲が渦巻く世の中はフェイクニュースに満ちています。メディアに限らず人間は元々弱いので、バレバレであっても「修飾」が好きなのかもしれません。いえ、私は地毛ですよ。(川久保)

 

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