ピルツジャパンのブログ「月刊 裏ピルツ新聞」

2017年12月20日更新厚底 or 薄底?の底なし沼:最新ランニングシューズ動向

昨日、平日だというのに無謀にも夕方から30km走を敢行した結果、朝から著しく集中力を欠く川久保(48)です。

TBS日曜劇場ではもはや定番となった、直木賞作家・池井戸潤氏原作のドラマ「陸王」。家業の足袋製造で立ち行かなくなった中小企業「こはぜや」が、起死回生を狙って開発した足袋型ランニングシューズで陸上界に旋風を巻き起こす中、例によって銀行と大企業にこれでもかと邪魔され幾度となく崖っぷちに追い込まれながらも逆転ゲームを繰り広げていく物語です。池井戸節はパターン化しています(でも何故かいつも買ってしまいます)ので、文章の主語を変えるだけですぐに「空飛ぶタイヤ」にも「下町ロケット」にもなります。トラック用タイヤやロケットと違うのは、今回の商品はランニングシューズであり、実際に視聴者にも買えるものだということ。実は、この足袋屋さんのストーリーは実話を元にしていて、ドラマと同じく埼玉県・行田市にある足袋製造メーカー「きねや」が開発した「無敵」というランニング足袋が実際に存在するとあって、「無敵」は空前の大ヒット。以前はAmazonでもいつも在庫があったのですが、ドラマ開始後はもはや直営通販サイトでさえ入荷後即完売の状態がずっと続いています。もともとが職人による手作業工程が多い足袋製造ですので、売れたからといってすぐ増産できるわけもなく、売れているのに品薄という嬉しい悲鳴を上げているそうです。

ドラマをご覧の方はご存知だと思いますが、ランニングシューズの底を厚くするか、薄くするかは永遠のテーマです。一般的には、「厚いほうが足に優しく初心者向け。薄い方は上級者向け」という感じで理解されていると思いますが、そこで固まってしまうとシューズメーカーはどの層を狙っても大きな伸びが期待できないので、時々大きな方針転換を図る大勝負に出ます。読者のみなさんもナイキのAIRやフリー、アシックスのαGELなどはご存知でしょう。これらの新機軸も、元はシューズの機能性を向上させて新たな需要を喚起する目的で開発されました。発売当時は一台ムーブメントを巻き起こすわけですが、当然のようにブームは長続きするはずもないので、あの手この手、手を変え品を変えて消費者にアピールしなければ成長は望めません。何せ市場規模は巨大です。アディダス一社で一日あたり100万足、年間3億足を作っているそうですから、当たり外れは企業の趨勢だけでなく市場全体に大きな影響を及ぼします。

そんな巨大市場で、きねやさんのような小さな町工場が正面突破で挑戦しても勝ち目はありませんので、あくまでもニッチ、その中でもさらに狭い「裸足感覚シューズ」という市場に狙いを定めました。実は、この「裸足感覚シューズ」自体は2010年ころに最初のブームがやってきており、アディダスやニューバランスをはじめ多くのメーカーが底の極端に薄いシューズをこぞって発売したのですが、3年もするとぱったり姿を消しました。なぜか?

そもそも裸足感覚のシューズは、厚底シューズで「甘やかされた」足が本来持っている能力や機能を呼び覚ますためのものです。上級ランナーが薄底シューズを選ぶのは、足本来の能力や機能を極限まで生かすトレーニングを積んでいて、薄底の方が速く楽に走れるからなのですが、それをブームに乗って初心者が履いた場合、何十年も分厚い底に「甘えてきた」足はそう簡単に本来の動きにはなりません。厚い靴のようにカカトからドスンと着地すれば、それこそ頭まで突き抜ける強烈な衝撃とともに足そのものが激痛になってしまいます。そこで、痛くないよう爪先からそーっと着地するのですが、痛くない一方で泥棒の抜き足差し足のようなへっぴり腰になってしまい、全然カッコよくない。カカトをつかないのでふくらはぎに力が集中し、猛烈な筋肉痛に襲われる。所詮はブームに乗った「にわか」ランナーですから、走ることに強い思い入れもないため、「何で痛い思いをしてまでカッコ悪い走り方をしなきゃならないんだ」と皆さじを投げてしまったのです。

実は、人間の足は舗装路上であっても裸足でなめらかに走れる構造になっています。江戸時代の飛脚は、江戸~京都間500kmをリレー形式とはいえ最短3日で走ったようですので、一日に160km走った!計算になります。彼らはワラジしか履いていませんが、それでもそのペースで走れたわけで、はるかに底の厚いシューズでたった42km走ったくらいで死ぬ死ぬ言っている現代人は、こと走りに関しては確実に退化しています。

飛脚は脚だけでなく、全身を使って走ることで、脚だけに負担がかからないような理想の走りをしていました。そうした走りは、本来誰もが持っている身体能力なのですが、裸足感覚シューズを履くことで、飛脚のような走りを目指すことができるわけです。そうした理想の走りに至るまでの足や脚の痛みは、むしろ当然の「生みの痛み」であって、それを避けたらまた厚底ドーピングに逆戻りなのですが、裸足感覚シューズの第一次ブームはそうやって下火になってしまいました。

そして、今回の「陸王」です。前回のブームを知っているランナーは「もういいや」と「今回こそ」に分かれている一方、知らない人たちは竹内涼馬君のケナゲな勇姿にも触発されて履き始めているようです。前回は足を疲労骨折した人もたくさんいたと聞きますが、今回は・・・?

一方で、ナイキが今年発表・発売したBreaking2(マラソン2時間切りを目指す、という意味)シリーズは、レーシングシューズでありながら超厚底という完全逆張りのテクノロジーを採用したナイキらしい意欲作です。一般にレーシングシューズは軽量性と反発力を追求した結果、超薄底がほとんどで、高橋尚子選手がシドニー五輪で優勝した際のシューズは底の厚さが1㎝あるかないかでしたし、今もほとんどが同じような薄底になっています。

これに対してナイキがあえて厚底に挑んだのは、「エリートランナーであってもショックは吸収したほうが速く楽に走れる」という仮説に基づく開発に成功したからです。普通、厚底にするとクッション性(ショック吸収性)は上がりますが地面からもらう反発力(跳ね返す力)は減ってしまいます。さらに高さが増すことで重心が上がり、安定感も低下します。これらを解消するために、ナイキは厚底の中にものすごく硬いカーボンの板を入れることで、クッション性と反発力を両立、安定感を確保しました。このカーボンの板は本当に硬く、シューズを手で曲げようとしてもほとんど曲がらないほどです。

実際に履いてみると、確かにショックはやわらかですが、シューズ自体の曲がりが全然ないのでシューズ(底)の形に合わせて転がすような走りを強制されます。シューズに合った走りができない初心者ではむしろ脚に対する負担は激増する構造で、イメージに反して全然やさしくありません。逆に、シューズのツボにはまった走りができれば恐ろしいほど速く走れます。

ブツ欲のかたまりである私、ブーム前から持っていた「きねや足袋」に加え、ナイキの超厚底シューズ(ズームフライ)も手に入れて、第一回松本マラソンに投入したところ、シューズが求める正しい走りができずに撃沈。あまりに苦しかったため、せっかく買ったナイキをゴール会場に捨てて(!)きてしまいました。自分のヘタクソな走りを道具のせいにするとは何たる不届き者、スポーツマンの風上にも置けません。いまに天罰が下るでしょう。

ところが、しばらくするとレースではなくシューズに負けた自分に対する悔しさを晴らすために同じシューズが欲しくなり、再販開始日を待って再GETしてしまいました。

走ってみると、やっぱどうもしっくりこない。でもそれは自分のせいだから今度こそ直すぞ、と意気込んでいるうちにまたまた再販。瞬殺されると思ってポチリしたら、買えてしまい・・・同じシューズが2足あるというまさに「散財」の典型例になってしまいました。足は二本しかないのに、いったい何足買えば気が済むのか。シューズに買ってもナイキに負けているではないか。ぐうの音も出ません。

もうおわかりですよね。弘法は筆を選ばず。「シューズがよければ速くなるのに!」なんて妄想に駆られている時点で、今も3流ランナーの域を脱することができない私です。

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