ピルツジャパンのブログ「月刊 裏ピルツ新聞」

2016年5月13日更新マラソンは最高の生き地獄です

こんにちは、代表の川久保です。趣味はマラソンです。長い距離をただ走るだけなのに、なぜかどっぷりハマってしまった理由を少しご紹介します。

スーツ着用のお客様訪問や飲み会がない限り、帰りは毎日12キロ走って帰宅します。ランニングが趣味になって4年目に突入しました。

きっかけは、2013年の東京マラソンに当選したことでした。ご存知の通り、数ある市民マラソンのなかでも断トツの人気を誇る同大会。毎回抽選倍率は10倍を超え、初回から毎年申し込んでいるのに今まで一度も走ったことがない方もたくさんいる中で、なんと初エントリーで初当選!それ以降、一度も当たっていませんが…。

東京マラソンは毎年2月末に開催され、エントリー発表は前年の8月。それまで3キロ以上走ったこともない私ですが、当たったからには完走したい!というわけで、ゆるゆると練習を始めました。

といっても、「忙しい」「暑い」「天気が」「時間が」と言い訳だらけで、運動不足生活を続けてはや数十年のたるみ切ったココロとカラダ。そう簡単に長く走れるようにはなりません。走れる距離が少し伸びると、今度はひざや足が痛くなり、休むと脚がなまってやり直し。一度も20ロ以上走ることができないまま迎えた本番。初のフルマラソンは想像を絶する“苦行”でした。

一度に3万人以上が走る東京マラソン。スタート後5キロは高揚感もあって「何だかすごく調子がいい!」と速めのペースで入ったのですが、実はこのコース、最初の10キロはなだらかな下りなので楽なのは当然。品川で折り返して銀座に戻ってくるころには「なんか疲れる」・・・。そして28キロの浅草で折り返した辺りで、足がガクッと止まりました。走ることはおろか、歩くのもやっと。脚だけでなく首から下の全身に激しい疲労感があり、脚は痛くてたまりません。

大して練習をしていないのだから、走れなくなるのは今思えば当然の報いなのですが、マラソンをなめていたことに始まってから気付いてももう遅い。走っては歩きを何度となく繰り返しますが、体だけでなく心が「折れた」状態。「もういやだ」「死にそう」「リタイアしたい」が何回も、いや何十回も頭をよぎります。お金払って拷問受ける自分はどうかしてる。なぜこんなこと始めたんだろう。

 

そんな時、沿道から声がかかります。

 

「がんばって!」「あともう少しで給水だよ!」

 

最初は、自分に向けられた声とは思わなかったのですが、あまりの激痛に立ち止った時、近くにいたボランティアの方が「大丈夫?」と背中をさすって下さり、気付くとその周りの人たちも「がんばれ!」「ここまで走ってきたんだ、自分の足で!あきらめるな!」と口々に声をかけてくれます。

私にだけではありません。沿道の方々は、自分の顔見知りだけではなく、走っているランナーみんなを応援してくれているのです。しかも声を枯らして絶叫してくれる。応援の人だけでなく、一緒に走っているランナーも声をかけてくれます。

 

「あきらめちゃダメだ」「がんばりましょう!」

 

皆さんは、誰からでもいいのですが、いわゆる大人になってから純粋に「がんばれ!」と応援されたり勇気づけられたりしたことはありますか? 利害関係のある(?)仕事やキャバクラのお姉さんからの営業ガンバレではなく、頑張っている誰かを応援したくなった時、たとえば運動会の徒競走で思わずビリの子を応援したくなるあの時の声。私も、こんなに純粋に応援されたのは、小学校の運動会以来でした。その瞬間、気付いたのです。

 

「自分は、一人じゃない」「みんなが見ていてくれる」

 

マラソンはキツイ。見ているほうからもそれはよくわかります。特に、初心者レベルの30キロ過ぎはまさにゾンビの集団のようで、土気色の顔で歩く人や道端に座り込んでしまう人、片足がつって引きずっている人など、痛ましいことこの上ありません。それでも、ひたむきにゴールを目指して走る姿に思わず応援してしまうのです。

すると、走るほうも、今にも消えそうだった走る気持ちにスイッチが入ります。動かなかった脚が前に進み始めます。

 

「やったー!」「しっかり!」

 

と、また応援の声。再び走り始めました。

それからは応援の声がどんどん耳にも入ってきて、沿道からのハイタッチにも応えるようにしました。もちろんペースは上がりませんが、途切れない応援の声のおかげで、何とか走り続けられるようになりました。歌舞伎座を過ぎたあたりではQちゃんこと高橋尚子さんがとびきりの笑顔とハイテンションで両手ハイタッチしてくれます。

そして、35キロ過ぎの難所である佃大橋にさしかかる辺りで、ある観客の手作り看板が目に留まりました。そこにはこう書いてあります。

 

「うらやましいぞ! 俺の分までがんばれ!」

 

そうだった! 東京マラソンは出場さえ困難なプラチナチケット。自分は走れるだけでも幸せなのです。思わず「ありがとう!」とこちらから声をかけて自分を奮い立たせます。

豊洲を過ぎ、ゆりかもめが見えてくるともうすぐゴールの東京ビッグサイトです。残り2キロ、1キロ、だんだんとゴールが近づいてくるのに、なんだか現実味がありません。

東展示棟を過ぎて右に曲がるとゴールが見えました。最後くらいスパートしたいのに、もう脚が残っていません。でも、自分の脚だけで都庁からここまで来ました。途中いろいろありました(トイレに5回行ったり、全身着ぐるみの仮装ランナーにあっさりおいていかれたり)が、何とか5時間25分でゴール!

それは、今までに味わったことのない達成感でした。と、同時に、「自分を支えてくれる人がいる」という当たり前のことを改めて痛感しました。何事も一人では達成できない。特にマラソン大会はさまざまな人に支えられて初めて参加できる。応援がまばらな地方の大会に出たこともありますが、どんな大会でも必ず大きな力をもらえます。

 

でも、これはマラソン大会だけではないと思うのです。自分が気付かないだけで、日常生活や会社、あらゆるところで私たちは誰かに支えられている。頑張っている人を応援してくれる人が必ずいる。マラソン初出場を機に、以前よりも強くそう思えるようになりました。

 

あるメーカーが打ち出した、マラソンのキャッチコピーがあります。

 

「他人だ。しかし仲間だ」

 

走っている人、支えている人、応援する人。皆が一体となって盛り上げるイベント。何よりもその一体感がたまらなく好きで、今も走っています。

あの東京マラソンより2時間近く早くゴールできるようになった今も、35キロ過ぎの生き地獄は同じ。そして、沿道やボランティアの方々の応援も、あの時と同じように背中を力強く押してくれます。自分にとってそれは、完走メダル以上の宝物なのです。

 

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