ピルツジャパンのブログ「月刊 裏ピルツ新聞」

2018年1月24日更新極限の超人山岳レース:TJAR観戦記

突然ですが、お盆に一週間休みが取れたらあなたは何をしますか?

たいていは旅行に行くか、のんびりするか、一週間のうち何日か近場に出かけるかといったところでしょう。私もそうです。

ところが、世の中にはお盆に一週間あるなら日本を縦断する競走をしよう、という人たちがいるのです。しかも、自分の脚だけで。

狂気ともいえるそのレースの名はトランスジャパンアルプスレース(TJAR)。レースの存在自体は知っていた私(川久保)、この正月にNHK BSで再放送された2016年大会特集番組を観て、言葉にならないほどの衝撃を受けました。

富山県魚津市の海岸を出発し、静岡県静岡市の海岸にゴールするコースですが、その地域の人でも最短ルートを想像することは難しいでしょう。なぜなら、その2地点の間には3000メートル級の山々が幾重にもそびえる日本の屋根、日本アルプスが鎮座しているからです。実際、Googleで自動車の最短ルートを検索しても、北の新潟回りか南の岐阜・愛知回りしか出てきません。

TJARのルート。北・中央・南アルプスの14坐を踏破。制限時間は8日間。

もうおわかりですね。レース名はトランスジャパンアルプス、つまり単なるマラソンではなく峻厳な日本アルプスを踏破する超長距離山岳レースなのです。日本海に面した魚津市の海岸を出発した後、一般道を通って馬場島登山口から早月尾根ルートでアプローチする剱岳(2999m)を皮切りに、立山(雄山3003m)-木曽駒ヶ岳(2956m)-宝剣岳(2931m)などを登頂後、仙丈ケ岳(3032m)から赤石山脈主稜線を辿りコース最高峰である赤石岳(3121m)-聖岳(3013m)と、3000m級14坐を極めた後、静岡市内一般道を経て駿河湾の大浜海岸にゴールするというコース。総距離は415kmとフルマラソン10回分、累積標高差は27000mで富士登山7回分。聞くだけで気が遠くなるこの険しい行程を、トップの選手はなんと5日未満でゴールするといいますから言葉を失います。制限時間は8日間。繰り返しますが、自分の脚だけです。ちなみに、普通のハイカーが同じ行程を歩んだ場合は確実に一か月以上かかる(そして、そんな輩はまずいません)そうですから、完走するだけでもまさに「超人」としかいいようがありません。フルマラソン1回ごときの苦労を自慢している自分の小ささを恥じ入るばかりです。

 

隔年で開催されこれまで既に8回を数えますが、望めば誰でも参加できるわけではありません。参加資格には当然ながら厳しい条件が課せられており、フルマラソン3時間20分以内に始まって標高2000m以上で10泊以上の露営経験、70km以上のトレイル(山道)ランニングレースで2回以上完走しているなど10を超える条件をクリアしたうえで、書類選考に合格し選考会(実技+筆記)をパスした本当の精鋭だけが富山のスタートラインにつくことを許されます。その数、たったの30人足らず。マラソン3時間20分は私もクリアしていますが、走力はTJARに求められる数々の能力のほんのひとつでしかなく、実際にマラソン2時間台の記録を持つあるサブ3ランナーは完走するまでに5回10年を必要としています。

通常9時間かかる剱岳(2999m)をトップランナーは3時間で登頂

身も凍る断崖絶壁を登り、下る、半歩踏み外せば数百m滑落する岩の稜線を恐れも苦も無く走るなどの高い登山能力はもちろん、風速数十mの暴風雨や山麓との30℃を超える気温差、そして高山病に耐える強靭な肉体は不可欠です。常人では登山靴で歩くことさえ難しいコースをランニングシューズで登り、走るために莫大なエネルギーを必要とするため、道中もとにかく食べまくるのですが補給は追いつかず、ある選手はスタート時点で3.5%だった体脂肪率がゴールした時には「計測不能」になるほど消耗していました。刻々と変わる山の状況を的確に把握&瞬時に判断して危険を回避する直感・洞察力も試されます。当然ながらレースですから、昼夜を問わず登り、走り続けるのですが、平均で一日2時間程度しか眠らないため疲労と眠気が極限に達した多くのランナーはレース後半しばしば幻覚に襲われます。途中関門も設定されており、厳しい通過時刻に間に合わないと失格。レースですから寝ているうちに後続に抜かれるリスクもあるわけで、安心して眠ることもできません。山小屋で食事をすることは可能ですが、宿泊は厳禁。あくまでも自己完結にこだわり、テント泊のみ許されます。

「登る」だけでなく「走る」以上、荷物は1グラムでも軽いほうがいいので、参加者は例外なく衣服のタグ(襟足だけでなく洗濯表示のほうも)を全て切り取り、使い捨てコンタクトレンズのケースはギリギリまで切り落として持っていきます。タグなんて1枚おそらく1グラムもないでしょうが、415kmの長距離を走るには40万歩以上が必要であること、その負担を減らすための「1グラムの重さ」を全員が痛いほど理解しているのです。その結果、雨具・防寒着・小型テントに折りたたみ式ストック、食糧などを入れても、背負うリュックの重さはだいたい5kg。何をどれだけ、どう入れてどう出すか。極限の軽量化と高性能を目指す戦いがここにもあります。

総延長400km以上の長駆にたった30人ですから、前後に誰もいない時間帯がほとんどです。夜行ともなれば真っ暗闇のアルプス山頂付近や月明かりすら見えない密林を、ちいさなヘッドライトだけを頼りに走る孤独感は想像を絶します。暴風雨で5m先も見えない時でさえ進まなくてはならず、晴れていても暗闇の中から正体不明の目がふたつ、自分を見つめていることもたびたびあるそうで、それが猿や鹿ならともかく猪や熊ならただごとでは済みません。

激しいアップダウンで足指の爪はほとんどが剥がれ落ち、足のマメができては潰れ、しまいには手のひら大までひろがってしまい激痛で気絶しそうになる。TJAR完走歴のある選手でさえ、寝不足と疲労のあまり左右の眼が同じ方向を向かなくなり(眼筋麻痺)片目しか開けられずリタイヤ寸前まで追い込まれる。激しい気温差(お盆時期、山頂付近は体感温度ゼロなのに山麓は30℃超え)からくる代謝の異常で胃腸が食べ物を受け付けず吐いてしまい、灼熱地獄のロードでは脱水症状を起こす。筋肉の回復が追い付かず歩くこともできなくなり、3時間で数百メートルしか進めないことも。ようやく南アルプスを下山した後は舗装路を走りますが、そこからゴールまではまだ80km以上もあり、硬いアスファルトが弱ったココロとカラダに引導を渡します。ゴール付近の静岡市中心部に達したぼろぼろのランナーたちは脚を完全に使い果たし、もはや道行く歩行者より遅いペースでしか歩けませんが、それでも歩みを止めることはありません。レース期間はもちろん、レースまでに周囲には窺い知ることもできないほど多くのものを犠牲にし、あるいは背負ってここまでやってきた彼らが遠ざかる意識の中で目指すのは、太平洋。小さな手作りのゴールゲートと、英雄たちを待ちわびる多くの観客が集う大浜海岸の砂浜です。

これまで数々の長距離マラソンや山岳レースで優勝・入賞を経験してきた歴戦の猛者たちでさえも完膚なきまでに叩きのめす過酷さを乗り越えた先のゴールで待つのは、完走という「名誉」のみ。賞金どころかメダルさえありませんが、我こそはと挑戦する参加希望者は引きも切りません。ある参加者の言葉ですが、TJARは「普通のサラリーマンが取り組むことができる最大限の挑戦」だそうです。

興味深いのは、TJARの参加者はほとんどがアラフォー、アラフィフのおっさん&おばさんであることです。前回2016年の優勝者は当時39歳でしたし、2008年大会の優勝者は当時40歳の主婦でした。しかも、ほとんどの参加者はプロランナーでなく仕事も家族もある人たちで、レース参加は余暇を利用した壮大な「趣味」にすぎませんが、たかが「趣味」にありとあらゆる犠牲を払い命を「賭ける」余裕は、バカなことの醍醐味を知る大人であればこそ。

さらに、このレースは主催者はいるものの給水や給食は緊急時を除き支給されず、全ての補給は自前。競技ルール末尾には「自己責任の法則」として、「このレースは、参加者自らが主催者である。レース中の怪我や事故および遭難等のアクシデントが発生しても、自らで対処すること。『すべての責任は、みずからに帰する』ことを誓約できる方のみエントリー可」と謳われています。持参するものに加えて、山小屋やコンビニで自己調達するのが前提の「草レース」ですので、危険が迫った時でさえ、基本的には自力下山を含めて全てを自己責任で引き受ける必要があります。(山岳保険加入も義務。)何があっても責任を転嫁する相手はおらず、言い訳一つできない。立ちはだかる大自然に挑戦する大きなリスクを引き受けた上で、自己完結するためには「真の大人」である必要があります。肉体的・精神的にギリギリの極限状態でも冷静さを失わずに生き残る。そこで必要なのは、人間としての生命力の強さ。夢にすがって生きていた若い頃と違い、自分の弱さや限界と何度も向き合い、挫折を重ねてきた大人だからこそ、困難を克服できる強さがある。彫刻のように鍛え上げられた身体に乗る参加者の顔は、一様に皆穏やかでありながら、瞳の奥には抜身の刀のごとき蒼い焔の煌めきを宿しています。その静かな焔は、ゴールを目前にした静岡駅周辺で、汗と泥にまみれた姿で鼻血を流し足をひきずって走る時でさえ消えてはいませんでした。

前回2016年の大会で二位に入った紺野選手の言葉です。

「もうだめだ、と思ってからがこのレースの面白さだから」

実際に彼はレース序盤、剱岳登行の際に脚の痙攣が治まらず大きく出遅れてしまい、挽回のために炎天下のロード走行でペースアップ。一時トップに躍り出るも、大量発汗による脱水を防ぐために飲みすぎたジュースのせいで胃腸を壊して食べることができなくなり、エネルギーが枯渇してフラフラのまま三日間走っていました。もうだめか、そう思い無理やり流し込んだカップヌードルのおかげで奇跡的に回復し、再びトップ争いに復帰。最終的には二位まで浮上してゴール。限界は自分が決めているだけ、本当の限界はまだまだ先にあるというわけです。本当の限界を究めた者だけが語れる言葉の重さは格別です。

そして今年、2018年はTJAR開催年です。前回2016年まで4連覇、しかも前回は4日と23時間52分という前人未到の5日切りを達成した絶対王者・望月将悟選手の言葉です。

「僕は、人がやったことのないことに挑戦してきたかもしれないけど、年齢や体力に関係なくその人が初めてやることはすべて冒険であり、挑戦です。」

もはやTJARのレジェンドである彼は消防士であり山岳救助隊員でもある山のプロですが、山だけでなくマラソンも走り奥さんに二人の娘さんもいるアラフォーのおじさんです。アラフィフで二人娘がおりマラソンを走る私も大いに勇気づけられます。すでに4連覇している望月選手が今回も参加するかどうかは現時点では未定ですが、天空の峰々は今年もそんな挑戦者たちを手ぐすね引いて待ち構えています。

雲の上にどんなドラマが待っているのか、今年のお盆は今からとても楽しみです。

記事一覧

ページの先頭へ戻る