ピルツジャパンのブログ「裏ピルツ新聞」

2019年6月19日更新裏テクニカルセミナー

 どうも、アラフィフおやじです。

 いきなり「裏テクニカルセミナー」ってなに?って思った方もおっしゃると思いますが…「テクニカルセミナー」とはアラフィフおやじが所属する信号システム管理センターのメンバーが事務局となり、JR東日本の本社内で毎月主催している社内技術者向けの技術講演会のことです。テクニカルセミナーは2007年から10年以上にわたり続いている伝統ある講演会なのですが、毎月開催しているので、事務局的には実は結構大変。しかし、幸いな事に毎年数人は「この人の話を是非聞きたい!」と思えるような人に出会えますし、講演をお願いすると割と皆さん快く受けていただけるので、なんとかネタ切れになることも無く現在まで140回近く続いています。

 基本的には技術者向けの講演会なので、取り上げるテーマも技術的な内容で、講師もメーカーの技術者や研究者、大学の先生等をお招きして講演していただくことが多いのですが…いつも割とお堅い内容なので、たまには「裏ピルツ」のようにクダケタ内容で「裏テクニカルセミナー」をやっても良いのではないか、とずーっと思っていたのですが…とうとうやっちゃいました。

 なんと、アラフィフおやじの趣味である「ギター」をネタにしたテクニカルセミナーを開催してしまいました。どうせ自分の趣味で決めたんだろうと言われてしまいそうですが…そうです、完全に自分の趣味です。

 そういうことで、2018年度最後の回のテクニカルセミナーは、宮城県女川の「GLIDE(グライド)」というエレキギターの製造・販売を行うお店を経営されている株式会社セッショナブルの代表取締役・梶屋陽介さん(図1)に講師をお願いいたしました。梶屋さんはたまたまアラフィフおやじの部下の友人だったので、部下経由で講演を依頼したところ快く受けていただけました。講演の前に部下と一緒に仙台に行き、梶屋さんと講演の件でミーティングを行い、さらに夜は一緒にお酒を飲みながら梶屋さんから色々な話を聞くことができました。梶屋さんのギター業界に対する分析や、分析結果に基づいた戦略は緻密でロジカルかつユニークであり、我々鉄道業界にもそのまま生かせるようなヒントが沢山あったので、きっと面白い講演になるとアラフィフおやじは確信しました。

図1. 梶屋陽介さん

 講演当日、梶屋さんが開発した「QUESTREL(ケストレル)」ブランドの「SWOOD(ソード)」(SWOODはSword:剣とWood:木を組み合わせた造語)というギター(図2)を持参していただきましたので、当日は講演に加えてギターの音も聴講者に聞いてもらうため、アラフィフおやじはギターアンプやエフェクター、ギタースタンド等を準備して講演に臨みました。SWOODは気仙沼の宮大工の伝統技法である「蟻継(ありつぎ)」によりネックとボディを接合し、弦を止めるブリッジ部分に岩手県で製造されている「コバリオン」と呼ばれる減衰率が極めて低い特殊合金を用いることによって、高いボディ剛性と驚異的なサスティンを実現した伝統とハイテクが混在したギター。値段の高い「プレミアム」と値段の安い「スタンダード」の2種類があるらしいですが、75万円超のギターが「スタンダード」って…ちょっと凄すぎます。

図2. 「QUESTREL(ケストレル)」ブランドの「SWOOD(ソード)」

 梶屋さんは独立して起業するに当たり、最初は農業(?)など、全く異なる分野も検討されていたそうです。元々あの有名なクロサワ楽器に勤めていらっしゃったとのことですし、トップセールスマンだったそうなので、最初からギター業界決め打ちかと思っていたのですが…単に好きだから仕事にするということでなく、冷静に業界研究をやられているんだなぁと思いました。

 アラフィフおやじもギターを弾くので、ギター業界のことは多少理解しているつもりでしたが、梶屋さんの話によると、ギター業界は思った以上に保守的な面があり、新しいイノベーションはほとんどなく、懐古主義的な製品の方がウケるため、同じようなデザインのギターを複数のメーカーがこぞって作るような状況になっていて、供給多寡で価格競争だけが激しくなっているような状況とのこと。国内市場も横ばいで、業界的にはあまり良い状態とは言えないそうです。

 そのような中、梶屋さんは、企画から製造、販売の全てを1社でクローズできるギターブランドを立ち上げ、女川でギターを製造し、国内・アメリカ・アジア等にネットを使って販売を始めます。前述した「SWOOD」に加え、家を解体するときに発生した木材を使ってギターを作る「Memorial Wood Guitar」(図3)や、比較的安価だけど高品質なオリジナルブランド「GLIDEシリーズ」(図4)など商品展開にも工夫を凝らしています。

図3. 「Memorial Wood Guitar」

図4. 「GLIDEシリーズ」

 

 ギターをネットで購入する場合、通常の楽器店で購入するときのように試奏をすることができないので、少々不安があります。しかし、梶屋さんのお店では「PLEK(プレック)」(図5)と呼ばれるドイツ製の秘密兵器(?)を持っており、この装置を使えば完璧な調整状態で納入できるので、調整に伴う不具合は全く心配しなくても良いとのこと。

図5. 「PLEK(プレック)」

 PLEKはネックのソリやネジレなどを1/1000㎜単位で計測可能な装置で、現在の楽器の状態、調整を終えた楽器の状態のそれぞれを数値やグラフで「見える化」してくれる強力なツールです。今までギターの調整というと、ベテランの職人の経験と勘による世界だったと思うのですが、PLEKはなんとそれをデジタルの技術で実現してしまうのです。鉄道の世界でも、従来の「経験と勘」をデジタル技術で「見える化」することによって、メンテナンスの適正化を図る等の試みを現在行っておりますが、ギターの世界でもデジタル化が進んでいるとは思いませんでした。何とも「今っぽい」アプローチだと思いませんか?

 梶屋さんは鹿児島県種子島の出身なのですが、それまで縁もゆかりもなかった女川でギターショップを開いたのは、何より女川という土地やそこに住む人々に魅力を感じたからだと言います。また、東日本大震災の被災地でもある女川に拠点を構え、東北の木材や工業製品を使ってギターを組み上げ、販売することで、地域資源の活用や、職種の多様化(現状では農業や漁業等がメイン)、交流人口の増なども狙っているとのこと。梶屋さんが作ったギターを中心に、人やモノの流れが活性化し、地域が元気になるイメージを描いてみると、これこそがビジネスとしてあるべき姿だと思いますし、我々鉄道事業者も「鉄道ビジネスを通して地域をハッピーにする」ということを第一に考え、その大きなビジョンに基づいて行動することが一番大切な事のように思います。

 梶屋さんは近所の高校の軽音楽部等に足繁く通って、無料でギターの調整を行うというユニークなサービスもやっているそうです。ギターの調整が悪いと、演奏し難かったり、音が詰まったりして弾くのが嫌になってしまうのですが、調整がきちんとされたギターは、演奏しやすく、音も良く伸びるので自分が少し上手くなったような気がして気分がいいです。梶屋さんは、ギターは一人の人がそんなにポンポンと何本も買うような製品ではないため、今ギターを弾いている人がギターを辞めてしまわないことが重要で、そのためにも定期的な調整が不可欠だと考えているとのこと。おそらく梶屋さんにギターを調整してもらった高校生は、弾き易く音が良くなった楽器に感激するとともに、調整の重要性をしっかりと理解し、将来のギター業界の重要な顧客になってくれるのではないかと思います。

 梶屋さんは単に自分の作ったギターを売ることによって利益を得ることだけでなく、そのギターに関わる人や地域を元気にし、さらにはギターを使う人が楽しくギターライフを続けていけるような啓蒙活動や土壌づくりにも取り組んでおり、こういった取組み全体が梶屋さんのやりたかったビジネスなのだと改めて感じました。前述したように、梶屋さんは当初はギターづくりでなく農業なども視野に入れてビジネスモデルを考えていたとのことですが、仮にギタービジネスでなく、農業ビジネスを選んだとしても、農業を中心として周囲がハッピーになるようなビジネスをデザインされたのではないかと思います。

 有名な近江商人の経営哲学のひとつである「三方よし」という言葉は良く知られています。「商売において売り手と買い手が満足するのは当然のこと、社会に貢献できてこそよい商売といえる」という考え方です。つまり、『売り手によし、買い手によし、世間によし』の三方が良いことを経営理念とする考え方です。梶屋さんの描いているビジネスモデルは、まさにこの「三方よし」を地でいっているように思います。

 講演の最後に、梶屋さんに持参してきてもらった超高級な「スタンダード」のSWOODギターを弾かせていただき、聴講者の皆さんにこの革新的なギターのサウンドを聴いてもらいました。SWOODは結構アバンギャルドなルックスなのですが、品の良い、倍音豊かなサウンドで、いろんなジャンルに使えそうです。もちろん、ネックや弦高など、調整が必要なところは完璧に調整されており、最高に弾きやすい状態であったことは言うまでもありません。

 ギターと35年以上付き合ってきたアラフィフおやじとしては、梶屋さんのようなビジネスモデルが日本中に広がって、ギターを生涯の友とする人が一人でも増えてくれることを祈っています。

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