ピルツジャパンのブログ「月刊 裏ピルツ新聞」

2021年3月17日更新絵はすぐに上手くなる?

 どーも、アラフィフおやじです。

 今日は、音楽と関係のない「絵」に関する話です。

 

 アラフィフおやじは、子供のころから絵を描くのが割と好きでした。学校でも図工で画板を持って風景画を描きに行く授業の時などはワクワクしましたし、長時間絵と向き合ってじっくりと色を塗ってゆくような地味な作業も嫌いではありませんでした。でも、大学生になり、社会人になり…そもそも絵を描く、というミッションを与えられなくなってくると、自然と絵を描くことも無くなってしまいました。

 アラフィフおやじは、コラムの内容を見ていただければ分かるのですが、完全なインドア派人間です。音楽以外にこれといって趣味らしい趣味もないため、ある時ふと「趣味が音楽だけでいいんだろうか???」と疑問を持つようになりました。…で、手軽にインドアで始められる趣味として「絵」なんていいんじゃないか、と思うようになりました。元々好きだったわけですし。

 そこで、ある時アラフィフおやじは、画材で有名な「世界堂」に行って、スケッチブックと色鉛筆を買ってきて、再びちゃんと絵と向き合ってみることにしました。形から入るのも、自分にプレッシャーをかける事になるのでいいんじゃないか、みたいな短絡的な思考で、大小様々なスケッチブックと、6Bとか4Bの鉛筆やチャコール(木炭)ペンシル、36色の水性色鉛筆、そして同じく36色の油性色鉛筆などなど…結構な投資をしてしまいました。

 そして、せっかく絵を描くのであれば、上手く絵を描けるようになりたい…という事で、本屋に行って「はじめてのデッサン」とか「水彩色鉛筆のコツ」みたいなタイトルの本を数冊購入したりしました。今思えば、まだちゃんと絵と向き合ってもいないのに準備だけは一人前で恥ずかしい限りなのですが…。そして画材や参考書やあれこれ購入し、やっと何枚か絵を描き始めたのはいいのですが、なんとなくまだ良くコツがつかめていないような気がして…本屋に寄ってはその手の本を物色するような日々を送っていました。

 ある日、東京駅の八重洲ブックセンターの絵に関するコーナーに行くと、「7日で上手くなる○○」やら「楽々描ける○○」、「いきなり絵が上手くなる○○」など、とにかく簡単にコツがつかめます的な本が並んでいる中で、「絵はすぐに上手くならない」という本があるのに気づきました(図1)。

図1. 「絵はすぐに上手くならない」

 他の本が「簡単ですよ」「すぐできますよ」と言っている中で、一人だけ「すぐに上手くなりません」と言うのは結構な度胸がいると思うのですが…タイトルに惹かれて読み始めてみたところ…これがなかなか面白いのです。「絵はすぐに上手くならない」の筆者は「成冨ミヲリさん」という藝大出身の女性(図2)で、プロ向けのデッサンスクールを池袋にて開講しているとのことでした。読み進めていくと、周りに並んでいる本と全く書いてあることの方向性や視点が違い、そのユニークさに惹かれて思わず購入してしまいました。

図2. 成冨ミヲリさん

 一般的にこの手の本は、絵を上手く描くためのTIPS(コツや裏技)的な事が色々と分かり易く図なんかを使いながら書いてあり、それを見ながら自分も一緒に絵を描いていくとだんだんと要領をつかんできて絵が上手くなります、みたいな方法論がベースになっていることが多いのですが、成冨さんの本はそういった「練習の積み重ね」的な方法論については全く触れていません。それどころかむしろ、「練習の積み重ね」的なモノに対して疑問を呈するようなトーンで論理を展開していたのです。

 言ってみればこれは、ギターが上手くなりたいという人に対して「一生懸命練習する事」自体を否定しているようなもので、ちょっと私にとっては衝撃的でした。しかし、読み進んで行くと、成冨さんの言いたいことは本当に良く理解できて、本を読み終える頃には「単なる練習の積み重ね」的な従来の方法論に対して、同じく懐疑的になっている自分がいる事に驚きました。まさに「目からウロコが落ちた」、という感じでしょうか。

 本の詳細な内容についてこの場でネタバレしてしまうのは成冨さんにも申し訳ないので、非常にざっくりとではありますが、この本の主な論点について解説を試みたいと思います。

 まず、この本を「(ばくぜんと)絵が上手くなりたい」みたいな思いで手に取ると火傷します。世の中には「ばくぜんと何かが上手くなりたい」と思っている人達が(自分も含めて)山ほどいると推察しますが…この本では絵を描くという行為を一つの「システム」のようにとらえ、どのようなメカニズムの合算によって「絵が上手い」という状況を作り出しているのかきちんと分析するという、全く「ばくぜんとしていない」アプローチを取っています。

 まず、絵を描くという行為は、「目から入った情報が、脳に行き、手に伝わる」という3つのステップから成っていると本には書いてあります(図3)。うーんなるほど、確かに人間の絵を描く行為を「システム」ととらえると、「目から情報が入る=インプット」「脳に行く=情報処理」「手に伝わる=アウトプット」という風に捉える事ができますね…この辺からして鉄道の列車制御システムを専門にしているアラフィフおやじ的には非常に納得してしまいました。

図3. 絵を描く行為の3つのステップ

 そもそも絵が上手く描けないとは、この3つの行為がきちんと機能していないということになりますので、ちゃんと目で対象を見ていないのか、脳での情報処理が上手くいっていないのか、運動神経が悪いので手がちゃんと動かないのか…まずはその辺の把握が必要、という事です。うーん、納得ですねェ…。

そして、絵を描くための能力を、以下の8つに分解し、これによって問題点を明らかにしようと試みています(図4)。

  • アイディア
  • オリジナリティ
  • 形状ストック
  • 構図構成力
  • 形を取る力
  • 立体を把握する力
  • テクニック
  • 完成させる力

図4. 絵を描くための8つの能力

 そして、これらの能力を個々に5段階評価することによって、その人が何に躓いているのかを明らかにするというプロセスを踏んでいるのです。すごく合理的でシステマチックな分析の仕方だと思いませんか?

 この本を読んで私がイメージしたのは、「期末テストの合計点をクラスで一番にしたい」と思っている学生に対して、「全教科とにかく頑張れ」と言う先生よりも、苦手な教科の対策についてアドバイスをくれたり、得意な教科をもっと伸ばそうと鼓舞してくれたりする先生の方がそりゃ信用できるよな~という事です。絵の世界だって勉強と同じで、能力は複数のタスクで成り立っているハズなので、それら全体をひっくるめて「(ばくぜんと)上手くなりたい」というのは少々都合が良すぎないでしょうか?という事だと思いますし、能力を(タスク別に)分解しないまま指導しようとする先生がいたらそりゃ「ちょっと待って」と言いたくなりますよね。言われてみれば「おっしゃる通り」な事なのに、なんで今まで気づかなかったんだろ…。

 成冨さんは本の中で「絵の世界は昔から根性論が多く見られる」とおっしゃっていますが、確かに「とにかくいっぱい描け」とか「対象をちゃんと見ろ(…と言われてもどこをどうやってみればいいの?)」的な指導が行われていた(いる?)ことは容易に想像できます。絵の世界だって、指導するのにちゃんとした方法論が無いとねェ…そういう意味で成冨さんの書いたこの本は、絵の世界における指導方法の「標準化」を目指した画期的なモノであるのではないかと私は思っています。

 ここまで書いてきて、おそらく皆さん気になるのは「そもそもこの8つの分類の妥当性は?」という事ではないかと思います。ちなみにこの本では、この8つの能力を自分で診断する事ができるのです。しかも、各項目で5問ぐらいの簡単な質問に答えるだけ。アラフィフおやじも「ホンマかいな…」と思いながら試しにこの質問に対して○×で回答し、8項目で5段階のレーダーチャートを作成してみました。完成したレーダーチャートを見ると、驚くべきことにかなりの項目で「4」という高得点をたたき出しており、ちょっといい気になったのですが…実は「形状ストック」「構図構成力」「形を取る力」の3項目については惨憺たる状況でした。うーん、確かに、自分でも絵を描くときに「立体的な形を平面に落とす」ことについては正直苦手意識がありましたが…。

 実はこの話には後日談がありまして…この本の内容の面白さに共感したアラフィフおやじは社内の「テクニカルセミナー」(以前こちらのコラムでも紹介)という技術者向けのセミナーの講師に成冨さんをお呼びして、絵を描く行為を「システム的」に捉えたこちらの本の内容を講演してもらえないかとお願いしに成冨さんのアトリエに伺ったのです。幸いなことに講演に関しては成冨さんからは快諾していただきましたが、その際に恥ずかしながら自分の書いたつたないリンゴの絵を見せて、どこに問題があるか質問させていただいたのです。そして、その時に成冨さんがおっしゃったのは「表面上リンゴに見えるが、実際のリンゴの形はこうではない」というキビシイ一言。リンゴの実がどのような内部構造になっているのか、そして、それをどのようにして平面に落とせばいいのかとても丁寧に説明していただきました。そのアドバイスを受け、アラフィフおやじは自分の中にリンゴの「形状ストック」が無く、「構図構成力」も「形を取る力」も弱いのだという事実に気がつきました。そして、8項目5段階のレーダーチャートが、正しく絵を描く能力を示している事も確認でき、あらためて「絵はすぐに上手くならない」という本が持つ「凄み」を再認識した次第です。

 成冨さんは、池袋のアトリエで3,000人近くの生徒さんに絵の基礎を教える中で、絵のレベルも目的もバラバラの人たちに「まったく同じ勉強方法を押し付けるのは難しい」と考えるようになったとのこと。アトリエの生徒さんが、「これができるようになりたいが、どうすればよいか」という疑問を持った場合、そこに到達するためのトレーニング方法を教えることは可能ですが、東京に住んでいない、近くにアトリエがない、独学でやっているが行き詰まった、というような人達に対して、自分で学習方法を構築する手助けをしたいと思って、「絵はすぐに上手くならない」を上梓したそうです。うーん、やはり実際の教育の現場の中で培ったノウハウが詰まっているからこそ、納得感がある内容になっているのでしょうね。ホント、素晴らしいことだと思います。

 実は成冨さんのテクニカルセミナーでの講演は、当初2020年の3月に実施する方向で調整を進めていたのですが、コロナ騒ぎがあったせいで延期になり、9月にオンライン聴講含め、会場のソーシャルディスタンスを確保した形で無事開催することができました。成冨さんはプロジェクターもパワポも使わず、ホワイトボードを使って身振り手振りを交えて1時間半程度熱心に講演をしていただきましたが、本の内容に加えて更に多くの視点を与えてくれる素晴らしい内容だったと思います。参加者の中のある方からは「今までずっと(100回以上)このテクニカルセミナーに参加してきたが、ベストに近い内容だった。」と最上級の賛辞をいただきました。

 成冨さん、本当にありがとうございました!

 「絵はすぐに上手くならない」は、単に絵が上手くなりたいという人だけでなく、システム技術者にもおススメしたい本です。外側から見たら一つの塊である「絵を描く」という行為も、分解すると多くのタスク、あるいは評価項目に分解することができ、更にそれらに評価指標を設けて分析を試みる、というやり方はシステム技術者にとって非常に重要な課題発掘・解決手法の一つだと思います。また、システムを俯瞰し、分析し、評価するという教育スタイルは、「とにかくいっぱい描け」とか「対象をちゃんと見ろ」といった「ボトムアップ的」な昭和的教育スタイルと全く対照的で、「トップダウン的(悪い意味でなく)」で納得感のある令和的(?)な教育スタイルだと思いますので、人材育成という観点でも非常に参考になると思います。管理者や経営者の人(特に昭和的マネジメントから抜け出せていないヒト)にもおススメしたいですね。

 ちなみに、成冨さんのアトリエを訪問した際、自分が購入した「絵はすぐに上手くならない」を持参しサインをいただいた(図5)のですが、そこにはサインと一緒に「練習した時間だけが自分を裏切らない」というメッセージが書いてありました。

図5. 成冨さんのメッセージ入りサイン

 …そうですよね、ホントその通り。アラフィフおやじももっと頑張らねば!

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