ピルツジャパンのブログ「月刊 裏ピルツ新聞」

2018年6月20日更新万年筆

 どうも、アラフィフおやじです。

 今日は(今日も?)音楽と全く関連のない「万年筆」の話です。

 

 少々古い話ではありますが、万年筆にハマったことがあります。

 もともと文房具全般は好きで、ペンやノートはお気に入りのものを使いたい、と常々思っていたのですが…フツーの文房具屋さんにおいてあるペンやノートって、妙に派手だったり、逆に地味すぎたりで「フツーにオシャレ」なものって実はなかなか無いんですよね。

 アラフィフおやじはその当時はアラフォーおやじでしたが、おっさんが使うような黒ボディに金の縁取りみたいなペンや能率手帳みたいなものはダサいし、高校生が使うような蛍光色を使ったようなペンやノートはポップすぎて使いたくなかった。しいて言えば、北欧の大学生がコンクリート打ちっぱなしのオシャレなキャンパスでオシャレに使っているシンプルでモダンなペンやノートが欲しかったのです。(本当にそういう学生がいるか知らんが)

 ここ十数年で文房具の世界はかなり多様化したように思います。外国製と勘違いしそうな洗練された国産文具や、エキナカや商業ビル内中心に増えてきた、「コクヨ」とか「トンボ」とかではない、外国製の文具(およびそれらを取り巻くオシャレ雑貨)を扱うショップなどが増え、オシャレなステーショナリーを購入するのも容易になりました。しかし、以前はそういうお店も少なく、アラフォーだったアラフィフおやじは一部の輸入文具ショップ(銀座の伊東屋や日本橋丸善とか)をたまに訪れ、「オシャレな私」を実感できるようなペンやノートをちょこちょこと購入していたのです。

 でも、文房具の中でも、大ボスというか、ヒエラルキーの最上位に位置する万年筆には正直全く興味がありませんでした。そもそも万年筆ってどこで使うの?っていう感じで、日常生活において使用する場面のイメージが沸かなかったし、どちらかというと「お父さん」世代のものというイメージがあったので…。でも、ある日たまたま訪れたオシャレな文房具店で当時流行っていたAppleの「iMac」(初代のボンダイブルー)にそっくりなトランスペアレントなブルーでモダンな万年筆に出会ったのです(図1)。その万年筆からは、お父さん世代の万年筆(モンブランとか、ペリカンとか)が持つ重々しさとは違う「気楽さ」や「スマートさ」のようなものが感じられ、価格が安かったことも手伝って衝動買いをしてしまいました。

図1 初めて買った万年筆

 ボンダイブルーのボディにロイヤルブルーのインクを入れ、チマチマと紙に書いてみると、あら、意外と書きやすい…しかも下手な自分の字がちょっとだけ味のある字に見える…ということに気づき、今まで遠かった万年筆という存在が自分にグッと近づいてきたように感じました。今思えばこの瞬間が万年筆にハマるきっかけだったのでしょう。そうこうしているうちに、不思議と今まで全く興味のなかったお父さん世代の人たちが使っていたモンブランやペリカンのような、ちょっとオッサン臭い万年筆にも不思議と魅力を感じるようになってきました。

 でも…ちゃんとした万年筆って結構高いんですよね。値段も値段なので「試し書き」はマストだし、ネット購入はいかに安いといっても抵抗がありました。そこで当時アラフォーだったアラフィフおやじがたどり着いたのはあの「アメ横」だったのです。

 子供のころに、父親に連れられて何度かアメ横に来たことがありました。表通りから一本中に入ると、舶来品(そういえば最近『舶来』って聞かないなぁ)のナイフやら革製品やらが間口の狭い店内にズラッと並んでいて、なんかちょっとだけいかがわしい雰囲気。それから何十年も経っているはずなんですが、アメ横はほぼその頃のままのイメージでそこに存在していました。

 アメ横には筆記具(主に舶来万年筆)を扱う店が数件存在するのですが、アラフィフおやじが御徒町を訪れるたびにフラッと寄っていたのは、今は無き「ダイヤストア」というお店です。ダイヤストアは細長いウナギの寝床のようなお店で、魅力的な万年筆やペンシル・ボールペン等が細長いショーウインドウの中にズラッとならんでいました。覗いていると、お店のおばちゃん(結構年配)がいろいろと教えてくれて、その話が面白かったというのもダイヤストアに通っていた理由の一つです。

 定価からすると3~4割安く購入でき、同じ種類のペンを複数本書き比べて、その中から気に入ったのが選べたし、試し書きしている間におばちゃんがいろいろと万年筆に関する蘊蓄やエピソードを話してくれました。ダイヤストアはかの有名なモンブランの代理店?をやっていたそうで、昔はドイツの本国から社長が来て、日本の社員と一緒に運動会なんかやってたのよぉ、とか…たわいもない話ですが、おばちゃんの話のハシハシからは万年筆に対する愛情のようなものが感じられ、そういった万年筆にまつわる「ストーリー」も含めて買うのを楽しんでいたように思います。

 最初にダイヤストアで買った本格的な万年筆はドイツペリカンの「スーベレーンM400」(図2)でした。人気のあったボディに緑のストライブが入ったモデルで、小ぶりで書きやすく、すっかりファンになってしまいました。その後、少し大振りのM600(図3:限定品)、さらに大振りのM800(図4:茶縞)なども手に入れましたが、どれも使いやすく、書いていて疲れないのがペリカンの特徴です。ペリカンをきっかけにして、万年筆愛に目覚めた私は、この後も、お小遣いをちょこちょこと貯めて数本の万年筆をダイヤストアで購入するのでした(ごくまれに別なお店に浮気することもありましたが…)

図2 Pelikan M400

図3 Pelikan M600

図4 Pelikan M800

 多くの万年筆の愛好家が通る道だと思うのですが、私も既製品だけでなく「ハンドメイド」や「オーダー品」の高級万年筆が徐々に気になりだしました。ある時意を決して1本オーダーすることとしました。ボディは伝統的な素材であるエボナイト製、表面の塗装は漆(!)、書き方の癖や要望事項をカルテに書き込み、それに従ってすべて日本人の職人が手で製作・調整し、桐の箱に入れて送られてくるという当時の私には分不相応な贅沢品でしたが、書き味はとても満足のいくものでした(図5)。

図5 ハンドメイドのオーダー万年筆

 3年前に亡くなった父にもかつて同じ万年筆をオーダーしてプレゼントしたことがあります。当時モンブランの万年筆を使っていた父も万年筆が大好きで、年賀状のあて名書きなどにはいつも万年筆を使っていましたが、私がプレゼントした万年筆も気に入ってよく使ってくれていたようです。父が亡くなったあと、形見としてその万年筆が私の手元に来たので、現在では同じ仕様のものを2本持っていることになります。いずれこの2本も私の子供達の手に渡ることになるのでしょう。ダイヤストアのおばちゃんではないですが、私も子供達に万年筆を渡しながら万年筆にまつわる自分の思い出話をする時が来るのかもしれません(うるさがられて終わり、かもしれませんが…)。

 実は、大好きだった「ダイヤストア」は数年前突然シャッターを閉めて閉店してしまいました。アメ横で万年筆を扱うお店も1つ減り2つ減り…万年筆という「文化」が昔のような立ち位置にないんだなぁということを改めて感じます。スマホやPCが主体の世の中で、もはや手帳自体持ち歩かない人も多い中で「どこで使うのか分からない」万年筆は徐々に表舞台から姿を消していく運命なのでしょうか。初任給が数万円だった時代に、月給を丸々つぎ込んで高級万年筆を買っていくサラリーマンや、入学祝いに万年筆をもらって大喜びする子供、みたいな光景は過去のものになってしまうのでしょうか。

 少し脱線しますが、情熱的なオレンジのボディに黒いキャップのコントラストが印象的な「ドルチェビータ(甘い人生の意)」という万年筆をご存知でしょうか?沢尻エリカが主演する「クローズドノート」という映画に登場し、主人公の愛用の万年筆ということで注目を浴びました。映画自体は一冊のノートと万年筆にまつわるちょっと悲しいラブストーリーという昭和感あふれる設定でしたが、案の定あまりヒットすることなく終わった(記者会見の時の「別に…」は注目を浴びた)ように記憶しています。ちなみにドルチェビータを製造していたイタリアの「デルタ社」はこの2月に廃業することになったそうです。あれだけ人気のあった万年筆を作っていたメーカーが廃業するなんて…万年筆業界もラクではないということなのでしょう。

 スマホやPC、タブレットと過ごす時間がどんどん増えて、会議の時もペーパーレスでタブレット持参、みたいなことが今後加速すると、万年筆が登場する場面はますます少なくなるんでしょうね。巷では数年前から若い人達の間でプチ万年筆ブームみたいなことを言われていますが、あらゆるものがデジタル化された、このような時代だからこそ、万年筆の魅力に取りつかれる人が出てくるのでしょう。アナログレコード人気と同じ傾向だと思います。万年筆ファンとしては(アナログレコードも好きですが)ブーム自体は嬉しい限りですし、市場がシュリンクしないよう市場活性化に協力しなくては!と思います。

 我々のお父さん世代のサラリーマンがそうであったように、背広の胸ポケットで誇らしく輝く万年筆の「魅力」は未来永劫変わらないような気がします。少なくとも自分自身はそういう文化の継承者(大げさだけど)として、長年使ってきた万年筆をカッコよく子供達に引き継いでいくようなおやじでありたいなぁ。

万年筆、これからも応援します!

記事一覧

ページの先頭へ戻る