ピルツジャパンのブログ「月刊 裏ピルツ新聞」

2019年12月13日更新日本から世界に発信~SNJメンバーの軌跡

 ここ数年、日本からさまざまな分野で、安全に関する国際規格や規則に対して積極的な提案をし、採用されたという話を聞くことが多くなりました。業界によって差はありますが、10年前はどちらかと言うと日本は消極的、後ろ向きと言う印象があり、当時と比べて大きく前進したように思います。10年前は、海外のルールは海外のこと、日本は日本流でやればよい、または海外向けの製品で必要がある場合のみ、海外で作られたルールに従えばよい、と言う考え方が一般的でした。

 しかし、最近は国際規格委員会での我が国の影響力が確実に増しています。日本が規格委員会にオブザーバーとしてではなく、発言権のあるメンバーとして積極的に関わるようになったことが一因でしょう。鉄道の国際規格IEC 62278(RAMS)は、2002年に欧州規格から国際規格化されましたが、その際、当時の国際標準に対する取り組みの経験不足や、委員会での影響力不足から、日本の提案はほとんど採用されませんでした。これを教訓に、日本の鉄道事業者は、2008年頃から国内外の国際規格関係者や専門家との情報交換や発信を積極的に行い、規格改定前に提案を行っているそうです。

 先月のセーフティネットワークジャパン(SNJ)定例会では、海事分野で国際的に用いられる安全性評価手法FSAで、日本の提案が考慮されたという報告がありました。FSAでは、船舶が浸水した際、沈没しないように設定する要求区画指数Rという数値があります。日本は、欧州が推定したリスク値Rは、日本が一隻1年あたりの死者数であるPLLの統計データから算出した値より大きく、厳しすぎると指摘しました。その後、欧州は計算をやり直し、日本は日本として受け入れ可能なRの値を提案しました。最終的には、日本と欧州の提案の中間的な値が採用されたそうですが、日本の提案により、数値が変更されたのです。

 また、最近聴講した日本機械工業連盟主催の講演会では、「上肢及び下肢の安全距離について(ISO 13857)」(講師: トヨタ自動車株式会社 安全健康推進部統括室 GM 星野晴康氏)と題する講演で、10月に発行されたばかりの最新の国際規格に規定されている数値の見直しを日本が提案したという報告がありました。(講師の星野氏は、SNJの初期メンバーとして当ブログのコラム著者である古澤先生と一緒に会議に参加してくださっていた方です。講演を聴講しながら、当時を懐かしく思い出していました。)本題に戻りますが、見直しを提案しているのは、規格の表2に規定されている安全距離の数値です。具体的には、表2に上肢の安全距離の具体例が規定されているのですが、安全とされている開口部の安全距離の一部が、実は安全ではないと判明したのです。

 当日見せていただいたトヨタの安全衛生教育センターで行った実験の動画では、身長160 cm、体重47 kgの女性が、長方形e=180の隙間を全身通過できていました。被験者のこの女性は、日本人女性の95パーセンタイル以内に該当するので、規格て守るべき対象です。残念ながら、この提案は最新規格に反映されていません。この例からもわかるように、規格の要求事項を満たしていても、適用する際は、十分なリスク低減ができているか確認する必要があると星野氏は提言されました。

 このように、日本は規格の数値を鵜呑みにするのではなく、十分な根拠に基づいて、規格について積極的な提案を行っています。最近では、提案にとどまらず、日本が規格を一から発案した例もあります。

 ISO/TR 22053がその一例です。複数の作業員と複数の機械が存在する作業空間では、大規模な生産システム(=統合生産システム)が用いられます。この統合生産システムにおいて、作業者の意図しない行動による残留リスクを低減するSafeguarding Supportive System(SSS; 安全防護支援システム)の規格のドラフトを日本で策定しました。前述の日機連の講演会で、この規格の動向について報告がありました。オムロン株式会社の飯田氏によると、発行のための最終段階の作業を現在実施中で、2020年には正式に発行が見込まれているそうです。

 SSSでは、RFIDタグやカメラなどの機器で入退室管理を行い、作業者の認証、作業の内容やスキルレベルに合わせたアクセス許可を行い、作業空間の安全管理を行います。たとえば、各ゾーンに3種類の機械設備があり、3つのゾーンから成る作業現場があるとします。ゾーン1でロボットの清掃作業を行うと想定した場合、作業者は入室時にタグをかざし、進入する前に、さらにサブ制御盤でタグをかざして認証を行います。このようにして、すべての機械類(9設備)を止めてしまうのではなく、作業者の危険を回避するために必要な設備(3設備)だけ止めます。そのため、制御盤を操作する手間が増えたとしても、全体の稼働率が上がることが実証されています。

 SSSについては、SNJの勉強会でも数年前から研究や実験の成果を副主査の清水氏より報告していただき、進展を見守って来ました。非定常作業では、人と機械が近接して行う作業が日常的に発生し、死亡事故も発生していますが、有効な安全確保の手段が存在しないことが研究の背景にありました。一例として、統合システムの危険領域内に作業者が居ることを知らず、他の作業者が機械を動かして作業を行ったため、挟まれた作業者が死亡する事故が過去に発生しています。

 研究の過程で、異なる機器や作業現場での実験を繰り返し、改良が加えられ、心理学の一体系である行動分析学も取り入れて研究・実験が行われてきました。SSSはあくまでも機械の安全対策を実施した後の残留リスクを低減するシステムですが、安全性や生産性を高めるだけでなく、快適な職場環境を実現することも意図しています。現場で実際に使う人が使いやすいよう配慮されているのです。

 国際的に見て、技術力は高くても、安全面で後れを取っていると言われてきた日本ですが、その状況は変わりつつあります。また、国際規格レベルの安全対策を実施せざるを得ない要因もあります。海外市場の開拓には、国際規格や各国の規格への適合が前提となります。製品を海外で販売したければ、相手国の規格で要求される安全基準を満たし、欧州ならCEマーク、中国ならCCCマークを取得しなければなりません。また、現場では、ベテラン作業者が高齢化して引退し、作業に不慣れな新人や日本語が不自由な外国人労働者が増えています。人手不足により、外国人労働者は今後ますます増えることが見込まれます。このような状況で、作業者の注意力に頼る安全対策だけでは、労働者の安全を守ることはできません。

 さらに、規格に適合する安全対策の実施を企業に奨励するには、企業にとっての経済的なメリットも訴求していく必要があります。安全を導入すればコストが上がる、と言うのが一般的な認識です。しかし、ドイツのように、規格に適合し、認証を得ていれば、損害保険料が安くなるというような制度の導入も検討してみてはどうでしょうか。損害保険会社側は、一定の安全基準を満たす機械が増え、事故の発生件数が減るので、損害賠償請求も少なくなり、ウィンウィンの関係が成り立つはずです。

 先月開催されたIIFESでは、SNJ初代主査でもある向殿教授(明治大学名誉教授)から、ビジョンゼロジャパンの立ち上げについて報告がありました。ビジョンゼロは2017年にシンガポールで開催された第21回世界労働安全衛生会議でISSA(国際社会保障協会)が開始した労働災害撲滅キャンペーンですが、日本でもIGSAP(一般社団法人セーフティグローバル推進機構)によって2018年に日本支部が立ち上げられました。向殿教授の「安全のコストは未来への投資」と言うメッセージが企業の安全への投資の動機づけになればと思います。

 今回紹介した例からもおかわりいただけるように、今後日本は国際規格委員会でさらに影響力を増していくでしょう。日本では、国際規格の基となる欧米の安全技術とは異なる、わが国独自の安全の文化が発展してきました。世界的に見ても故障率が低い日本の鉄道技術や、SNJ初代主査の向殿教授やSNJ顧問の中村教授(日本大学名誉教授)らが提唱する新しい安全のコンセプトSafety2.0など、国内で蓄積してきた技術やノウハウは、世界で通用する技術です。これらが国際規格で採用されれば、日本にとって国際ビジネスで有利になるだけでなく、世界の技術革新に貢献できます。

 これからは、欧米諸国と対等に議論し、目先の利益ではなく、長期的な視野で安全に取り組む時代です。安全は確かに初期費用がかかります。しかし、先述のSSSの例のように、安全の導入により稼働率を上げることも可能です。そして、何より労働災害を減らすことで、死亡事故を防ぎ、人名を救うだけでなく、企業イメージ没落や賠償責任などのリスクを回避できる大きなメリットがあります。

 SNJは来年20周年を迎えますが、20年前からこのような産業安全の課題について議論してきました。定例会では、研究者、装置メーカー、事業者など、異業種のメンバーがそれぞれの専門分野について講演します。質疑応答や技術的な議論を通して、課題解決への道筋が示されることもあります。

 すでに国際レベルの安全を意識して取り組んでいる企業も、これからの企業も、SNJで共に安全について考えませんか。ここ数年、賛同する会員が増え、その輪が徐々に広がっています。さらにその輪が広がり、次の世代に貢献できる安全のフォーラムとして、SNJがお役に立てることを願っております。

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