2024年12月18日更新ヒューマンエラーは原因でなく結果
労働災害が発生すると、その対策欄に「ヒューマンエラーが原因」と書かれることがあります。その場合の対策は、「KYの再教育を実施」となってしまいます。確かにエラーであることは間違いなくともそれは原因でなく結果だと言うことを時々忘れてしまうようです。誰しも怪我をしたくて作業をしているのではなく、ほとんど「大丈夫」と思ってやっているはずです。日常の中で特に震災などに遭ったときは、「大丈夫」と言う言葉は大切になります。しかし、労働災害に限ると危ない言葉になります。大丈夫と思った瞬間に、危険感受性が落ちるし、KY行動につながらなくなるからです。「エラーした者が悪い」と言っても、人はエラー(ミス)する動物なのですから解決しません。「大丈夫」と思ってしまったその背景要因は何だったかを確認し議論していくことが大切になります。エラー(ミス)はなくなりませんが、防ぐ手段はあります。エラーを少なくする方法を考えてみましょう。
1.ワールドシリーズの教訓
(1) 第5戦の分かれ目になったエラー
私の中では、今年の最も明るい話題が大谷翔平選手の活躍です。楽しませてもらいました。大谷選手は、念願のワールドシリーズ優勝を手にしました。次から次へと夢を実現していく大谷選手は誰もが認める本当にすごい選手です。本人は、第2戦の盗塁で左肩を亜脱臼してしまい、悔しい思いをしたと思います。年間で59盗塁をしている人が、滑り込んだときに地面に手を強くついた瞬間に起きました。しかし、その後も試合には出続けてチームを鼓舞して見事に優勝したことは本当に素晴らしかったと思います。第5戦の5回、ヤンキースのジャッジ選手(大谷選手と共にMVP受賞)がセンターライナーをグラブの土手に当ててしまい、捕球できませんでした。VTRをみると捕球の瞬間、ファストランナーに目がいっていました。鉄則である「ボールから目を切らない」ことが守れなかったのです。(作業安全でも危険源から目を切らない設備配置と訓練が大切と良く指導します)。次のショートゴロをサードへ悪送球、次のファーストゴロをピッチャーが一塁カバーに入るという鉄則を守れずドジャースに点が入りそのままの勢いで優勝につながったと言うことです。ジャッジ選手の行動は、次の状態を予測した行動で責められません。しかし、優秀なそれもチームの要の選手がエラーをしたことで他の選手も高度の緊張感に襲われたのだと思います。野球(スポーツ)は、ミスとの戦いとよく言われます。故にあらゆる事を想定して繰り返し練習を重ねるわけですが、ゼロにはなりません。いかに難しいかと言うことです。バッターが3割打てば、名プレーヤーと言われます。7割のミスを次にどう活かすかの繰り返しです。しかし、私たちの労働災害は、7割のミスを許容することはできません。どうすれば良いか?
(2) 高度の緊張感を持つこと」が安全な作業か?
JALやJRの事故やミスが続き、国交省から「“高度の緊張感”を持ってやること」という指導がでました。言葉は分かりますが、「高度の緊張感」って何?そういう状況で、大谷選手がホームランを打てますか?盗塁を成功させますか?答えは「ノー」です。ある程度の緊張感は、必要ですが「自然にいつも通り」動けることが大切と思います。安全巡視で、「ぎこちない動きをする人」は、普段からやられていないので上司に訓練を促します。「スムーズにできている」のであれば「素晴らしい。続けて下さい。」と褒めます。現場の状況を知って指導をして欲しいと思います。
(3) 「最悪のことを想定(危険管理)」しての訓練が大切
1/2の羽田空港の事故では、CAのとっさの判断と冷静な行動で脱出シートを出したことで、乗客乗員全員の命が守られたとありました。CAたちは、あらゆる最悪の事態を想定した訓練を重ねているそうです。その結果として自然に行動に出せるのだと思います。非定常作業での災害が、重篤災害の7-8割を占めています。私たちは、非定常作業時の訓練をどれだけやっているのでしょうか?多くの企業を指導していて、この教育の仕組みがないことが多いです。経営者・管理者は、もっと緊張感を持って取り組んで欲しいと願っています。現場にしっかりやれ!と言うだけでは災害は減りません。
(4) 人のミスはハード対策を優先しよう
階段での行動災害が多い(目立つようになった)とよく言われます。位置エネルギーがある訳なので躓けばこけて転倒し、骨折や場合によっては頭を打ち死ぬかもしれません。私は、四半世紀以上、階段昇降時は、手すりを触りつつ行動しています。「万々が一」のためにも、ルーティン化するまで、良き習慣化するまで意識した行動をしていくことが大切だと思っています。そのためには、階段の両サイド(最低でも降りる側)に握りやすい丸棒の手すりを設置することが必要です。そして互いの声かけをしつつ風土と言えるまでの活動が必要だと思っています。
設備異常時は「とめる」「とまる」が大切になります。「とめる」はエネルギーをゼロにする行動であり、非常停止ボタン、動力遮断ボタン、エアー残圧抜きバルブ、位置エネルギー除去ストッパーなどのハード対策が必要です。「とまる」は、正しい止め方をせず、危険範囲に入る場合、セフティセンサーやプラグ抜きで「ポカよけ」することを想定します。こうした対策でミスを防ぐことをしていけば必ず「減災」につながっていきます。
2.「ことば」の大切さ、「具体化」の大切さ
(1) 具体的表現、具体的行動
最近、「ことばの大切さと具体化」と言う言葉をよく使います。コミュニケーションが成り立っていないので不安になるからです。皆さんもそれは分かっているはずですが、安全活動になるとなぜか抽象的な言葉を使うことが多いです。
雪のシーズンになりましたが、高速道路に雪が積もり、大渋滞が予想される場合、「不要不休の外出は控えて」とアナウンスしていたが、今年から「外出しないで」と言う強い表現に変更すると新聞にありました。コロナ禍の「不要不急の外出は控えて」を思い出しました。例として若者が夜飲み屋街に繰り出すのは、若者にしては「不要不急」ではなく「必要」だったことで(受け手の理解)効果が今ひとつだったと思っています。
機械設備に「○○注意」という表示があると気になって仕方ありません。「“注意”とは何をすれば良いですか」と管理者に問いかけますが、具体的に答えが返ってきたケースは希です。安全柵を設置しても柵に「立ち入り禁止」と表示しているのはなぜですか?「誰のため? 何のため?」と問いかけますが答えはないことが多いです。表示してある言葉の意味が説明できない表示はやめようとも言っています。張り紙(表示)も対策の一つだと思いますが「管理者の免罪符」となっていませんか?
安全活動は、「専門用語が多く聞いたことはあるが意味はよく知らない」と言うケースが多くあります。今一度、ことばの持つ意味と具体的な行動を関係づけられるような整理をおすすめします。
(2) 「言葉はいつも出発点」‧‧‧詩人の「故・谷川俊太郎さん」のことば
谷川さんが、11月に死去された時に分かり易さで有名な詩人だったと新聞で紹介されていました。言葉について、気にいった文章の一部を紹介します。
「言葉は、現実という巨大な氷山の一角に過ぎず、どんなことでも一言で言い切ることはできない。言葉は、いつも出発点でそこから私たちは、他者へ、また世界へと向かう。言葉は呻吟(しんぎん)しない限り、他者とは向き合えぬ。と言うことだろう。」
私は、どんな良い話しでも相手に伝わらなければ意味がないと考え、安全衛生の専門用語も10文字程度で表現することを心がけてきました。そして推奨しています。初めの言葉が理解できなければ、脳が次の言葉も受け入れずに、シャットアウトしてしまうのではないでしょうか。
リスクアセスメントの目的とは⇒「重篤災害の未然防止」「危険源(課題)の顕在化と共有化」「カイゼンに結びつける入り口」等です。重篤災害とは⇒「元に戻らない怪我・疾病をいう」と分解していきます。「古澤語録」とも言われていますが、腹落ちしやすくなると思います。
お互いに話している周波数が合っていないのに、ずれているのに一方通行コミュニケーションになっていることを気づかないのでは、これこそヒューマンエラーの原因なのかもしれません。
是非、何気なくやっていること、言っていることを見直して、一工夫してみて欲しいです。
記事一覧
- ヒューマンエラーは原因でなく結果
- 日本の明日は大丈夫?
- “話す力・伝える力”と“言葉の意味”を考えてみる
- 安全活動は足し算?引き算?
- コミュニケーション力向上の心構え
- 最近の関心事から“雑感”
- 安全教育を充実させていく“肝”
- 先人の偉業と教訓そして実践
- サッカーワールドカップと俯瞰力
- 安全衛生法制定50周年と今後のあり方考察
- 水の大切さと恐ろしさ
- 冬季オリンピックと平和を考える
- コロナ禍の教訓を労働安全活動に活かす ~2021全国産業安全大会・講演要旨~
- モノの見方・考え方を一考する ~本:“どうせ死ぬから言わせてもらう”から~
- 正直に生きる・語ることの大切さ ~“生き様”を振り返る~
- 新型コロナ禍の更なる課題・再考 ~件数・パフォーマンスより内容重視の活動へ~
- 安全衛生方針の重要項目と展開ポイント ~絞り込みと運用マニュアルの活用~
- “新型コロナ禍”から考える教訓-2 ~行動の変化~
- 思い込みの怖さと正しい判断・行動 ~ “新型コロナ禍”から考える教訓~
- “野村克也元監督”の教え・あれこれ ~人を育て残す事の大切さ~
- “ラグビーロス”とその後~“ラグビーワールドカップの感想と実践の大切さ“~
- “人間性(心の持ち方)”について考える~ラグビーワールドカップと“故・平尾誠二氏”の生き方~
- より・安全で、安心な時代“令和”をつくろう~“平成”を考えつつ~
- 継続と深掘り・“不断”の努力の大切さ~“東日本大震災”から丸8年~
- チームワークとリーダーの役割
~“大坂なおみ”全豪オープン優勝~ - ポジティブシンキングの実践 ~“箱根駅伝”の教訓~
- ”腹落ちさせる指導”について考えてみよう ~その4(最終回) 「足:踏み込む」について~
- ”腹落ちさせる指導”について考えてみよう ~その3「口:問う」について~
- ”腹落ちさせる指導”について考えてみよう ~その2「目:観る」について~
- ”腹落ちさせる指導”について考えてみよう ~その1「耳:聴く」について~
- ”環境”の大切さと人の行動 ~“命を脅かす”気候変動~
- まず”減災” 目ざせ”ゼロ災” ~大阪北部地震の教訓~
- “危険なタックル問題”から人の育て方を考える
- 作業標準書・作業手順書の作り方と活用法 ~“守・破・離”の心~
- 薬傷災害から活かし方・つなぎ方を再考する ~事後の百策より事前の一策~
- 気づかい・個のレベルアップとチームワーク ~平昌オリンピックの感動からの教訓~
- 後継者・人の育成を考える ~人の成長をどのようしてサポートするのか~
- 気づき・気がかり粗末にするな 気づいたらすぐ行動に移せ!
- 安全活動と品質活動の“根っこ”は同じである ~安全活動から“本音の活動”を深掘りしよう~
- 機械安全基準の制定と進め方 その2 ~安全・品質・環境は企業活動の根幹である~
- 機械安全基準の制定と進め方 その1 ~激しい向かい風の中を”航行”~
- 「そうだ、古澤先生に聞いてみよう」コーナーへのご投稿について
- 実践的なリスクアセスメントの進め方
~隔離対策のポイント~ - 新コーナー【そうだ、古澤先生に聞いてみよう!】いよいよスタート!
- 実践的なリスクアセスメントの進め方
~「現場リスクアセスメント」の進め方~ - 実践的なリスクアセスメントの進め方 ~重篤な災害に的を絞った洗い出し~
- 安全衛生方針の作り方・活用の仕方
~もっとわかり易く~ - 1年間を振り返って ~現場目線からの提案と報告~
- 非定常作業に特化した活動‥その4 ~重要な柱「ソフト対策」の進め方~
- 非定常作業に特化した活動‥その3 ~真の要因に対するハード対策の推進~
- 非定常作業に特化した活動‥その2 ~洗い出しのキーワードとカイゼンの実践~
- 非定常作業に特化した活動 その1 ~定義付けと洗い出しのポイント~
- 管理者研修の実践 ~第75回全国産業安全衛生大会(in 仙台)講演骨子~
- “新しい安全”「Safety 2.0」と言う考え方
- 重篤災害に的を絞った活動の勧め
- 人を育てる安全巡視の進め方
- 「みる」と「みえる」の違い
- 安全活動はカイゼンの入口と捉えてみよう
- 腹落ちした活動とするには「具体化」と「共有化」
- 産業現場で起きている災害の現状と課題
- 古澤 登(ふるさわ のぼる)プロフィール