ピルツジャパンのブログ「月刊 裏ピルツ新聞」

2017年10月18日更新機械安全基準の制定と進め方 その1 ~激しい向かい風の中を”航行”~

1.機械安全基準の制定がなかなか進まない現状

なんとしてもまずは重篤災害を無くしたいという強い思いから、”重篤災害防止”に視点をおいてブログを書いてきました。しかし、現場指導をしていてなかなか安全環境の整備が進まない現実があり、残念な思い、空しさを覚えることが多くあります。

先月までのリスクアセスメントの進め方の中で、人が容易に危険源に近づけない対策がいかに大切か、そのための機械安全対策の考え方を書いてきました。そもそも危険源に容易に人が近づいて作業する環境は法律違反であり、コンプライアンス違反です。しかし、なぜ進まないのでしょうか? 企業・業種によって事情は違いますが、以下のような要因があると思います。

  1. 安全衛生スタッフが事務系(人事・総務系が多い)の人が多く、機械安全に対して苦手意識が強い
  2. 機械安全基準はあるものの、設備単位の設定で設備横断的に設定されていない
  3. 「安全は安全担当がやれば良い」という風土が強く、全員で推進するしくみになっていない
  4. 基準制定の標準化委員会の様な組織横断的なしくみがない
  5. 基準はあっても国内と海外のダブルスタンダードになっている
  6. 災害が起きないと法的な指導が入らない    

それぞれの対策はなかなか一朝一夕にはいかないし、各社の事情も違います。しかし、誰かがヘッドになって進めない限り各社の安全は進まないし、重篤災害の発生後、大変な労力がかかることになります。社会全体としても横ばい状態が続くことになるでしょう。

私がやってきた事例を紹介します。時代も環境も違うので、その通りには行かないと思いますが、参考にして欲しいと思います(奥が深い仕事なので、文章で何処まで書けるか心配をしています)。

2.A4一枚の提案書からスタート

安全スタッフに成りたての頃、災害が発生した職場を回り、いろいろな意見を聴いて歩いた結果、「工業会(例:工作機械工業会、プレス工業会、鍛圧工業会など)」単位で、つまり、設計・発注している計画部署ごとに安全の考え方が微妙に違っていることに気づきました。それぞれが企画した機械が同じ職場に設置されるわけですから、”人をだます””扱いにくい”機械になっていました。

これでは「ルールを守れ」と言う以前の問題ではないかと思い、機械安全対策実施状況の全社調査を行いました。もともと機械台数が多いので、不具合は出てくるとは思ったものの、あまりに多くビックリした記憶があります。

主に

  1. 安全柵はあるが、危険箇所へ手が届く 
  2. 停止釦を押しても止まらない・止まり方が違う

というものでした。

何のための安全対策か? 本質を理解せず、“あれば良い”程度のもったいない設計をしていたのです。

そこで、A4一枚の企画書を上申しました。「計画部署(組織)横断的に共通の機械基準を制定」するための検討会設立提案です。かつてやったことがないことでスタッフも上司も尻込みをしていました。絶対必要と思っている反面、許可が下りるのだろうかという不安要素の方が大きかった記憶があります。

しかし、結果は「即実施せよ」という役員決裁でした。さらに「委員長は生産本部長がやる」というトップポリシーと、副委員長に「生産技術担当役員」を決めてくれたことで、3割程度の確信が5割程度まで上がった気がしました。

災害があったとは言え、何とかしたいという強い思い(執念)があったからこそ、トップの気持ちを少しは動かす提案ができたと思います。

3.ほぼ100%アゲインストの風でスタート

副委員長から、各計画部書の最もできる人(部長以外で)で、展開力のある人を集めることと厳命され、委員を集めたものの、はじめの3ヶ月はほぼ全員が「今までで何が問題か」「憲法など制定したって意味がない」「機械単位で決めれば良い」など反対ばかり。ほぼ100%のアゲインスト(向かい風)状態の船出でした。

私の唯一と言える味方は「現場」でした。「現場で一生懸命やっている人が災害でケガをしている。死んでいる。計画者として恥ずべき事」と言い続けました。なぜそれほど反対するのかある時気づきました。

技術者は、今まで作ってきた機械を改造していくことの大変さを、頭で計算していたのです。そうした発言はないものの、明らかになってきました。ここが大切なポイントで、計画者は、生産性・コストが最も大事な判断基準になっていて、工場へ設備移管したら終わりという姿勢だったのです。

「人」を主語とした機械基準のあり方を主張できるのは、「人の命の大切さ」を目の当たりにしてきた安全衛生スタッフが最も適任と言うことです。この互いの立場の主張・激論が大切なのです。

「現場の強さが企業の強さ」であるわけですから、現場を味方にして主張していけば最終的に議論はかみ合うはずです。また、「将来に向かって競争力のある理想の機械・ラインをどのように造っていけば良いのか提案して欲しい」という言葉が、技術者の心を動かしました。「それだったら考えがある」となり、その後の議論は、一つひとつの項目で激論をしましたが、前向きな議論になっていきました。

そして2年間、ほぼ1〜2週間に1回の検討会で、機械安全基準を制定することができたのです。当然、海外展開も始まっていたことから、グローバル展開も視野に入れて制定しました。

4.組織横断的な活動の主導ができるか

「組織横断的活動」言葉で言うのは簡単なのですが、なかなか難しいと思います。また、全ての企業がそれらを進められる人財・時間・知識・ニーズなどがあるかと言えば「No!」だと思います。

上記基準制定後、ほぼ10年経った頃、ISO機械系のA規格「ISO12100(機械類の安全 基本概念、設計のための一般原則)」が制定され、それをベースに日本でも「JISB9700」や「機械の包括的な安全基準に関する指針」が制定されました。IEC60204(電気設備安全規格)をはじめとするB規格などが現在ではあります。これらを参考にして欲しい思います。そして、社内基準への展開をしていけば良いと思います。

また、日本電気制御機器工業会などが、わかり易い絵入りの解説書を出していました(現在は分かりませんが‥)。ブログ主催のピルツジャパンに相談することも良いでしょう。一人で考え込まずに、外の知恵を借りることも大切な”技”だと思います。

私たちが制定に苦労した頃は、こうした基準も参考にするものがなく、大変な議論を必要としました。しかし、この議論があったからこそ、その後の課題に直面しても解決していくことができたと思います。組織横断的な活動で同じ考え方を持つ仲間ができたことが大きな財産になり、その後の安全対策を統一して進めることができるようになりました。

個別の機械設備の安全を考える時に、基本となる基準(A規格)があることで、ローカル基準をつくることもなくなり、後の新工場建設や海外進出時の企画が大変効率的になったことを、計画部署の技術者が喜んで話している姿に変わりました。各社への展開について導入時にしっかり議論して決めて行く過程がとても大切な時間だと思います。

5.継続的な活動へのしくみづくり

こうした活動は、一過性で終わらせてはならないので、社内の生産技術標準化委員会のトップに「安全設計検討会」を置き、生産技術担当役員が委員長(事務局は安全衛生推進部)に就くことにして、全ての機械の上位基準と位置づけることにしました。また、各計画部書別に「計画部署別安全設計検討会」を設置して各部長が委員長(事務局は安全担当技術課長)となり、全ての設備の横断的運用をする事にしました(会社として決定)。基準摘要ができない場合などの議論をする受け皿としました。

さらには、災害が発生するとかつてとは違い、計画者自らが即現場に行って設備上の問題はなかったのか、現場の扱いにくさ等はなかったのかと調査・検討し、基準の見直しに反映することがルーティン化していきました。

これは本質安全の追及や技術改革にもつながり、シンプル・スリムな機械やライン構成が進み、イニシャルコストの大幅低減やランニングコストの低減、異常回数の低減、そして生産性の向上と災害減少につながっていきました。やり遂げたなと思えたのは、基準制定から10年余が経っていました。

6.推進者が大切

機械安全基準を担当する人は、なかなか周囲に理解されず孤独感を味わうことも多いと思います。良い活動ができる人は少ないのです。自分のため、現場で一生懸命働く人のために大切な仕事を任されているという自信を持って欲しいと思います。このブログを通じて人的ネットワークができ、互いにアドバイスが可能になり、支え合える形ができることを期待しています(ツイッターのようなものがあるといいですね)。

「考え方」×「情熱」×「能力」=結果という式があります(JALに稲盛さんが残された考え方)。「考え方」の方向性が正しければ、そしてこだわりを持って進めれば、必ず人は集まってくるということを実感しました。

強いアゲインストの風をいかにフォローの風に変えていくかは、安全衛生スタッフの「強い信念(執念)と仕掛け」が必要だと思います。

次回は、具体的に制定を指導した事例などから、進め方を紹介したいと思います。

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