ピルツジャパンのブログ「月刊 裏ピルツ新聞」

2018年6月20日更新“危険なタックル問題”から人の育て方を考える

今回は少し安全とは離れますが、報道にあったアメフトの「危険タックル問題」について、どうしても皆さんに考えて欲しいので取り上げてみました。皆さんも色々と思いがあると思いますので、今回の件が自分達への問題提起だと捉えて、活かし方を考えて欲しいと思います。

1.誰もが知ることになった「危険なタックル問題」

①情報の拡散の怖さと捉え方

 今回のアメフトの危険(悪質)タックル問題は、ネット社会の怖さも教えています。スポーツの持つ大切な役割・得ることの大きさ、心身を鍛える事のできるスポーツ、人の限界に挑戦する姿を見て感動を覚えている人たちの気持ちなど、良い点が全て否定されてしまうかのような報道は、怖いと思いました。

 勿論、あの行為は、スポーツとは言えず”暴力”に近いと思いますし、許されるべきではないと思います。話題性だけで便乗報道するマスコミのやり方はいかがかと思います。しかし、若い選手にどうしてあそこまでさせてしまったのか。今回の場合、指導者(監督・コーチ)は絶対に許されません。結果としてプレー以外の指導者・組織の問題に発展しました。

 私は、講演などで”時事ネタ”を自分のこと・安全活動に置き換える手法を良く使います。報道の表面的なことのみに目を向けるのではなく、「ナゼこうしたことが発生してしまったのか?」と言う点について冷静に考えてみたいと思います。

 真の原因・課題はどこにあるか、一つでも活かすとしたら・・・と考えることで勉強になります。今回の事件の負の部分を私たち企業の中に置き換えて、自分達の問題としておおいに反省して、活かし方を考えてみましょう。

②情報が出なかった時を考えるともっと怖い

 問題のプレーがネットで拡散しなかったら、選手が”顔出し記者会見”をしなかったら、また選手が監督・コーチの言うことを聞かなかったらと考えるとこれまた恐ろしい事です。

 あの選手は、監督・コーチの指示を断っていたら、結果としてあのプレーをしなくても選手生命を絶たれていたかもしれませんし、もっと多くの若者達が同じようなことになっていたかもしれない、闇に葬られてしまっていたであろう事は想像がつきます。あまり触れたくはありませんが、スポーツの分野では残念ながらこういうことが現場で起きていた事を知っています。ローカルの試合とは言え、指導者が子供達に反則を指示する場面、チーム全体を鼓舞するために一人の選手をやり玉に挙げ厳しく指導する、先輩がのし上がってくる後輩に陰湿ないじめをする・・・などです。ヒョッとしたら声には出さないができの悪い監督・コーチは、勝つためには(あれはひどいが‥)時には必要!などと言っているのではないかと推察してしまいます。

 団体になり、結果を求められるとルールを超えた指導がなされる場合がある。だからルールがあるとも言えます。極限に挑戦しているスポーツは意識せずとも、ルールを超えてしまうケースはあります。それ故に審判というものがいて、厳正に運営することになっています。今回は、日本の歴史あるトップチームということがあまりにも大きな影響を社会に与えてしまいました。私たちの企業活動とくに安全衛生面では、安全衛生スタッフがこの審判に当たるではないでしょうか。もっと厳しく律するということでしょうか。

 

2.現場に責任を押しつける風潮は社会の秩序を壊す

①誰が見てもわかるウソを言っている人の心が貧しい

 今回の事件では、選手と監督・コーチの言葉に対する理解の“乖離”があったと言う言葉が多く使われました。全体の報道を見ていれば誰が見ても選手が本当のことを言っていると思っているのに、「直接指示していない」と言い切れる神経が分かりません。ウソは必ずばれるし、ウソを正当化するために更にウソを言うことにつながると言われますが、本当にそうだと思います。

 あまり適切ではないかもしれませんが、政治の場で、品質不祥事の問題で同様のことが起きています。「現場が勝手にやったこと」と平然と言える社長、ものが言えない中間管理職、内部告発しかできない・自浄作用のなくなった職場は本当に危機状態です。

 私たちの安全の現場でも災害が発生すると「ルールを守れと言ってるだろー!」「止めてやれと言ってるだろー!」「危険予知をしっかりやれと言ってるだろー!」などの言葉が思い当たります。違う場面で「生産が一番だからな」「よーく考えてやれ」など暗にルールを守らずにやれ!と言っているのにです。直接指示したかどうかではなく、普段の行動・言動がどうかと言うことが大切なのだと思います。弱い立場の人・現場目線で考えていくことが必要だと改めて思います。災害が減少しないのもこうした背景要因があるのではないかと考えさせられます。

② 野次馬的でなく本質を考えてみよう

 会社でも「ルールをまもる」事を新入社員から教えているはずです。しかし、成績をなんとしても達成しなければと36協定違反をしてでも長時間労働をして健康を害したり、命を失うことさえあります。安全衛生活動は、従業員の安全と健康を守ることですが、監督・コーチに当たる中間管理職が成績のためにそれを曲げてしまっている、あるいは、”黙認”してしまっている、災害が発生すると「ナゼそんなことをしているのだ。知らなかった」という情けないことばが出ることがあります。管理者としては、禁句であるし管理者失格である。全ての責任は上司にある。と言う言葉も死語になってきていないか心配です。審判(安全衛生や人事)の役割が大きいと思います。

3.強制でなく自主的を重んじる環境と人づくり

①時代が変わっていることの自覚

 「バカ・タワケッ!」 きれいな言葉ではないが昔はこうした言葉が現場で飛び交っていました。良いとは思いませんが、職人(気質)が新人にケガをさせないためには、言葉は少ないが駄目なことは駄目と教えることであったと理解しています。今は、こんな言葉をいきなり使えば、鍛えられていない若者はすぐ会社を辞めてしまいます。

 全ての活動・目的に対して、「ナゼ?」を懇切丁寧に教える必要性が高まっています。時代・気質の変化を私たち経験者が理解する必要があります。従来の良い点は残しつつ、時代に合った指導方法を使っていかなければならないと思います。そのためにも重要なことは「良い点を褒め・伸ばす」活動ではないでしょうか。

②本当の厳しさも必要

 ただ、厳しさがなくなり、”仲良し倶楽部”になると組織は成長しません。良いこと、悪いことははっきり言える雰囲気は作らねばなりません。また、自分で考えよと言われても考えられない人も多いわけで、頭が痛い問題です。

 私は、入社して3年間が大切と思っています。まず難しい仕事を教え込もうとせず、人間として、企業人として、社会人としての基礎をしっかりたたき込む必要があると考えています。この基礎ができた人とハウトゥーだけ教えられた人との比較では、その後の成長曲線は大きく違ってくる事を体験してきました。

 箱根駅伝で有名な青学大の陸上部はナゼ強くなったか、原監督がテレビで語っていました。すぐに強くなったわけではないが、「みんなで考えさせたこと」が最も大きいと言っていました。ナゼを大切にして「ナゼ陸上をやっているのか」「個々人として目標をどこに置くのか」「強くなるためにはどう言う練習をすれば良いか」「仲間・先輩そして監督・コーチのアドバイスをもらって自分達で計画をつくる」そして実践をしてまた議論する、ということの繰り返しをしていると理解しました。このことは、まさに企業の中で行われている小集団活動そのものです。

 大切なのは、個々人にあった常に高い目標を立てさせること、実行させる気持ちにさせることなど、ポイントを突いたアドバイスであり、指導だと言うことです。監督・コーチ(安全衛生スタッフ)は一段高いレベルの勉強をいつもしましょうということでもあると思います。

③環境は整えることが大事、”管理者(親)”の仕事

 そうした雰囲気や環境を整えるのが、会社で言えば役員や中間管理職の仕事です。環境が整って、指導の方法さえ間違わなければ人は育ちます。今までこうして日本という国、日本人という素晴らしい資質を持った集団ができてきたはずです。活動を積み重ねていく中で、教え・教えられる風土ができていくでしょう。

 安全活動も環境をつくることで人が育ち、ルールも守られます。今回の危険タックル問題をはじめとする品質不祥事問題などを今一度自分達に置き換えて、本来、どのように動き考えるべきかを問われていると思います。

 あきらめることはないと思います。多くの人たちがそうしたことを真正面から考え、行動できる人たちなのだから‥。今起きている事を反面教師として捉えれば、良い方向に舵を切れるチャンスをもらったと考え将来を担う人づくりのあり方を考えてみましょう。

追:かなり個人的な感情が入ったブログになってしまいました。ご意見を承ります。

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