ピルツジャパンのブログ「月刊 裏ピルツ新聞」

2017年8月25日更新ピルツジャパン創立20周年記念祝賀会

ピルツジャパンはおかげさまで今年、創立20周年を迎えました。立ち上げのためドイツから派遣された数名の社員と日本の社員数名で都内の小さなオフィスでビジネスを始めた当時のことは私も知りませんが、私(杉原)が入社以来、すでに新横浜で3回のオフィス移転を経験しました。今では古株となってしまい、時の流れを実感します。人の入れ替わり、時代の潮流に応じたビジネスモデルの調整など、変わった部分もありますが、ピルツのファミリー精神だけは今も当時も変わりません。

8月4日、20周年祝賀会が近隣のホテルで開かれました。この時期、暑さや悪天候が心配されましたが、当日は曇りで気温も29度。この時期としては恵まれた天候でした。今回のイベントのためドイツから来日した親会社ピルツドイツ(Pilz GmbH & Co. KG)次期社長のスザンネ・クンスチャートとその家族、来賓の方々、そしてピルツ社員が当日参加しました。

代表取締役川久保の挨拶、スザンネの祝辞の後、クンスチャート夫妻と川久保による鏡開きが行われ、乾杯となりました。その後は、琴、三味線デュオによる演奏を楽しみながら歓談と言うプログラムで、お堅いスピーチなどは極限まで省きました。

スザンネ・クンスチャート

祝辞進行中

鏡開き

当日スザンネの息子ピーターくんが鏡開きのために用意された法被をとても気に入った様子で、法被姿で琴の演奏をバックに自撮りしている姿が微笑ましかったです。クンスチャート家の仲のよさはまるで海外のテレビドラマを見ているようでした。そして、社員一人一人にハグしてくれる姿も、スザンネの母であり現在の代表取締役会長レナーテ・ピルツから受け継がれたものだと思います。

私たち社員は彼女(レナーテ)のことを「ママ」と呼びます。東日本大震災の時、私たちは家族と一緒に会社負担で安全な場所に避難するよう、「ママ」から指示がありました。正確には会社負担ではなく、「ママ」負担です。社員避難用の特別なファンドが「ママ」から用意されたのです。社員を家族のように思ってくれている彼女の気持ちをありがたく思った当時のことを思い出します。

次期社長の祝辞の中にもあったように、20年前にピルツジャパンを立ち上げた頃は安全の文化が全くといっていいほどなかった日本のビジネスが、ここまで成長できたのは、何よりも私たちを信頼してくださるお客様のお蔭です。また、私たち社員に対するねぎらいの言葉もあり、彼女のスピーチは「これからもあなたたちのために祈っています」という言葉で結ばれました。

母から娘へとピルツの精神が受け継がれたのを確信した瞬間でした。言葉も習慣も違う私たちがこれからもファミリーでいられるよう、そして一人一人がその一員として貢献できるよう私も祈っています。

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