2016年12月21日更新日本発の和の安全とは? – Safety2.0シンポジウムの報告
初雪の東京にて開催
11月24日にFMES主催のSafety2.0シンポジウムが開催されました。裏ピルツ新聞でもご紹介しましたが、参加できなかった方もいらっしゃると思いますので、素人目線で当日の様子をレポートさせていただきます。その朝、東京ではこの時期としては珍しい初雪が降り、交通機関の乱れが発生したにも関わらず、多くの聴講者が会場に足を運びました。鉄道安全、ロボット安全、安全技術者の育成という観点から、3名の講師陣が最新の事例なども紹介しながら講演されました。技術知識ゼロの私にも大変勉強になる内容でした。
鉄道のSafety2.0とは?
そもそも「Safety2.0」とは何を意味するのでしょうか?Safety2.0があるなら、Safety0.0やSafety1.0もあるはずですが、それぞれの定義は? 鉄道安全の第一人者である中村先生が鉄道を例に紹介された内容をまとめてみます。
Safety0.0では人の注意力で安全を確保していました。たとえば、鉄道では信号機や警報装置で列車の接近を知らせて、車両が通過するまで一時停止します。しかし、人間にはミスが付き物ですし、信号や警報器が鳴っていても無視して止まらない人もいるため、事故が発生してしまいます。
Safety1.0では人間のミスがあっても機械がサポートすることで安全が確保されました。コンピュータ制御の安全防護機能がさまざまな分野で導入されました。たとえば、曲線や分岐器で一定以上の速度になるとブレーキがかかる速度制限、最高速度の制限、駅の乗降口でぴったりと電車を止める停止位置制御などがこれに当たります。また、Safety1.0では安全性に配慮した機械を作るための共通の方法論(ここでは、安全な機械のレシピと呼びます)が生み出されました。この安全な機械のレシピが守られているかどうかをチェックするために国際規格が制定されました。誰が作っても失敗のないように、モノづくりの数値や手順を守ることが義務付けられたのです。
さて、いよいよSafety2.0です。Safety2.0とは、一言で言うなら、IoTを利用し、人間が状況に応じて臨機応変な行動をするように、「状況に応じた最適な安全を実現」することです。(カーナビが道を間違えた時に、別のルートを案内してくれるのもSafety2.0の考え方に近いのでしょうか?)Safety2.0では携帯電話網を使用してセンター経由で列車、転てつ器、踏切が情報交換し、すべての位置情報が確認できるため、列車の運転士は前後の列車の正確な位地を把握できます。そのため、不要な停止や必用以上の減速と言った運行の妨げになる対策が省かれ、列車は常に最適な状態で運行できます。
この技術は鉄道だけでなく他の分野にももちろん応用できます。たとえば、まだ記憶に新しい軽井沢スキーバスの転落事故もこの技術があれば防げたかもしれません。バスの運転手に異変が起きたらセンサで察知し、管理センターやバスに知らせてバスを自動で停止するようなシステムを構築すればよいのです。高齢のドライバーによる事故が多発している今、正に必要なシステムではないでしょうか。
ロボットのSafety2.0とは?
今年6月にドイツのフォルクスワーゲン(VW)自動車製造ラインでロボットに接触した21歳の作業員が死亡するという痛ましい事故がありました。この事故をVWは作業者のミスと発表して大批判を浴びたようです。講師の小平先生のご指摘通り、「人間のミスを想定した安全設計が必要である」ことを棚に上げて、作業者の責任にしてしまったVWは、今回の事故対応でまた株を下げてしまった感があります。
自動車の製造ラインでは日本でも多くの産業用ロボットが稼働しています。生産現場では人間よりパワーもあり、効率もよいロボットの存在は欠かせません。しかし、ロボットと人間が一緒に作業する場合、常に危険が伴い、日本でも毎年ロボットによる死亡事故が数件発生しています(2014年度、3件発生)。
前述のSafety1.0のロボット安全(ここでは「安全なロボットのレシピ」としましょう。)では、ロボットと人間をフェンスなどで隔離することで安全が保たれました。人間がロボットの可動範囲に存在しなければ、事故は発生しないからです。しかし、実際にはロボットのティーチング(産業用ロボットの動作を記録し、再生させるためのプログラミング)や不具合発生時の改修作業など、人がロボットの可動範囲に入る場面は完全には取り除くことができません。よって、これらの作業で事故が多発しています。
そこで登場するのが我らのヒーローSafety2.0です。人間のような状況判断力を備えたロボットが、人の接近や危険を検知して、危険の度合いに応じて停止や減速などをしてくれれば、前述のよう事故は防げるはずです。これは、人とロボットが同じ空間で、安全に、効率よく作業する理想的な未来の姿とも言えます。
また、ロボット業界の特徴として、メーカとエンドユーザの間にシステムインテグレータと言う中間的な業者が入ることが説明されました。(企業で言うなら、トップマネージメントと一般社員の間に入る中間管理職的な立場ということでしょうか。板挟みのような難しい立場ですが、トップと社員の間を取り持ち、うまく会社を回していく彼らの存在は欠かせません。)このシステムインテグレータですが、現状では、メーカのようにロボット単体で満足すべき安全機能に詳しいわけでもなく、現場で作業するエンドユーザのように現場の安全に詳しい訳でもありません。このシステムインテグレータの中途半端な安全の知識により、事故が多発していることもロボット業界の問題の1つだそうです。また、メーカやエンドユーザの方も全体のことを十分に理解している訳ではないようです。従って、この関連業者全体で安全について共通の認識を持つことも重要な課題となっています。
安全技術者の育成
安全技術を正しく導入するには、一定以上の安全の知識を持つ技術者が今後ますます必要になってきます。日本では民間資格*として認められている「セーフティアセッサ」制度が2004年に開始しました。(*TOEIC、英検、漢検も民間資格です。) 設計者、ユーザなど、携わる業務によって3種類の資格が用意されています。この資格の保有企業数は初年度わずか24社でしたが、2016年10月の時点では1,119社にまで増えています。今後Safety2.0のような安全を実現していくためには、ますますこのような資格の取得が重要になることは間違いないでしょう。
和の安全への期待
日本初のモノづくりの新しい方法論Safety2.0は、将来日本だけでなく、広く世界に貢献できそうです。メーカ、監督官庁、認証団体、システムインテグレータ、ユーザが同じゴールを目指して知恵を結集し、協力し合う和の安全(中村先生による造語です)は、利害関係者が互いに牽制しあう欧米の安全とは一線を画する考え方です。日本らしいこの考え方が世界で受け入れられれば、協働、協力によるより安全な未来が実現されることでしょう。その未来に貢献するのは、今この記事を読んでいるあなたかもしれません。
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