2018年11月20日更新『産業安全衛生大会2018 in 横浜』レポート
先月、地元横浜で、全国産業安全衛生大会2018 in 横浜が開催されました。3日間にわたるこのイベントは、有識者や産業現場の方々が一堂に会し、産業安全に纏わるさまざまなトピックについて、最新の動向や知見を発表し、労働災害防止対策に取り組むための集会です。昨年に続き、裏ピルツ新聞の人気コラムでもお馴染みの古澤先生も登壇されました。初日から最終日まで充実したプログラムで、あれもこれも聞きたい講演があったのですが、その中からいくつか聴講した講演についてレポートします。
1.「日本の未来 – 働き方改革、高齢化、技術革新」伊藤 元重氏(東京大学名誉教授、学習院大学国際社会科学部教授)
初日の伊藤先生の特別講演は、大変考えさせられる内容で、何ページにも渡りメモを取りました。最初に、現在の超円安に至った経緯、人手不足の解消・ビジネスモデル変更の必要性などを数字による裏づけと共に説明していただき、経済やビジネスに疎い私でも概ね理解できました。
人手不足は、人の余っている分野(一般事務、サービス業)の人が、足りなくなっている分野(介護、医療、農業)にシフトすればよいだけですが、社会全体で労働の操作(個人の職業を社会が決めること)はできないので、人手不足は賃金を上げない限り解消できないそうです。人手不足の分野の雇用主には耳が痛い話かもしれません。
その後、本題の働き方改革について、今後日本の労働環境がどのように変わっていくのか、そのために何をするべきなのか、具体的に説明がありました。特に印象に残っているのは、「これからの日本では、大学で学んだことだけで一生食べていくことはできない時代になる」というお言葉。AIやIoTが将来普及すれば、変化のスピードはますます速くなり、新しいことを学び続けなければ変化についていけなくなるそうです。そのため、企業が従業員のスキルアップに投資することも重要になります。最近やっと日本でもシニアが大学で学べる環境が整えられつつあります。今後はさらに、社会人が企業のサポートで、大学などの教育機関で学び直しできるような環境も整備していく必要がありそうです。
また、そのような時代には機械やオフィスで仕事をするworkerではなく、アイディアやセンスで仕事をするplayer(例:小澤征爾さん、大谷翔平選手)が必要とされるので、教育も現在のworkerになるための教育ではいけないそうです。記憶中心の教育から発想力を育成する教育へと転換していく必要があります。
伊藤先生によると、働き方だけでなく、働かない改革も必要になるそうです。AIやロボットの導入により、今までより短時間で同等の仕事をこなすことができるようになれば、将来、週休3日、6時間労働の時代が来るかもしれません。そうすれば、私たちは余った時間で色々な活動に参加できるようになり、育児のための時間も取ることができます。そのように色々な活動に参加して刺激を受けることが、前述のplayerになるために必要な発想力にも貢献するはずです。そんな時代が早く来ないか、と個人的には思います。
2.「自動運転技術のもたらすもの」土井 三浩氏(日産自動車㈱ 総合研究所 所長)
2013年の世界の交通事故による死亡者数は125万人に上ります。これに対して、同年の日本の交通事故死亡者数は1万人以下であり、世界的に見ると悪い数字ではありません。交通事故の9割以上はドライバーが原因で発生しています。特に最近では、バスや高齢者ドライバーによる事故が社会問題となっています。自動運転はまず第一に、交通事故の削減に貢献する技術になります。講師の土井氏により、予防安全技術や事故分析などの研究結果、現在の自動運転の開発状況などが解説されました。
事故の発生状況を踏まえ、日産自動車では「セーフティシールド」と呼ばれる運転支援技術を開発しました。「セーフティシールド」では、ブレーキとアクセルを踏み間違えても衝突を防止することができます。また、カメラと組み合わせて、離れた位置の走行車も検知し、衝突を防止します。研究の結果、認識や判断能力は、コンピュータの能力が人間をしのぐことがわかっているそうです。
自動運転技術はかなり進化し、近い将来実用化されそうですが、今後いくつかの課題があります。市街地には交差点、路上駐車する車両、見通しの悪さ、歩行者など、多くの障害物が存在しますが、これらをすべて検知し、適切な操作をしなければなりません。また、信号で停止するには、150m先から認知しなければならないのですが、これをカメラで実現するのは現状困難です。さらに、乗り心地が人の感覚に合った自動運転を可能にし、違和感なく乗車できるようにすることも求められます。
現在、完全な自動運転はまだ実現されていませんが、今後無人での自動運転サービスが実現されたら、観光タクシーとしての利用や、過疎化の進む地域などで移動手段を提供することができます。そうなれば、運転の苦手な人は次第に自動運転に移行し、運転の得意な人だけが自分で運転を続けるでしょうから、事故は自然に減っていくはずです。人間のドライバーより安全な自動運転技術が実用化される未来を楽しみにしています。
3.「安全衛生スタッフのための入門機械安全 ~ 機械安全基準の制定と進め方~古澤 登氏(安全と人づくりサポート 代表)
冒頭、古澤先生も前述の伊藤先生の講演(1.の講演↑)を聞かれたそうですが、さすが安全衛生のプロ古澤先生は、現場での経験に基づいたするどい視点で語っておられました。「伊藤先生によると、今後ビッグデータの活用で、現場の人を管理する時代が来るそうだが、ビッグデータやIoTという分野は、安全衛生に携わる人の苦手なエリアである」という指摘です。しかし、このような未来は避けられない前提として、今行っている活動を進めていくことが必要とアドバイスされました。現場に根っこを下ろした安全衛生活動、作業者が止めて作業できる環境作りを進めなければなりません。
また、全国を現場指導で飛び回る経験の中から、作業者が作業しやすい環境の整備が必要なことを実感されたそうです。夏の酷暑の中、作業をさせている現場や、「一人仕事」をさせている現場の状況を危惧し、作業者が暑さで体調を崩して事故につながったり、「一人仕事」で倒れても見つからないまま放置されてしまう危険性が指摘されました。
重篤災害が減らない現状を打破するには、人に頼った活動だけでは不十分であり、「機械安全」を進める必要があります。従来どおりの活動だけでは、災害は減りません。「機械安全」の推進と今まで進めてきた「活動の深堀り」を同時に行うことが重要です。
さらに、安全活動が形骸化している例として、次のような例が紹介されました。古澤先生がある現場で安全装置の総点検をしたところ、3/4の安全装置が機能していなかったそうなのです。止まらない非常停止、人の身体が入る安全柵など、形だけの対策だらけで、びっくりされたそうです。安全装置は取り付ければそれでよいのではなく、実際に必要なときに使えなければ意味がありません。非常停止を押して止める訓練も必要です。
「ゼロ災」が先ではなく、「カイゼン活動」が先という言葉も心に残りました。安全活動は最初から100点を目指すのではなく、10点、20点、30点の対策でもゼロよりはよいのです。よいところを褒めながら、カイゼンすべき点を指摘すれば、少しでも前進することができます。
最後に、古澤先生から会場の聴講者に安全衛生スタッフはもっと勉強して欲しい、と言う激励の言葉が述べられました。「半歩前、一歩前の活動」で(重篤災害の)未然防止に取り組んで欲しい、と言う古澤先生の熱い思いに、ぜひ会場に集まった方々、またこの記事を読まれる方々が応えてくれることを期待します。
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