ピルツジャパンのブログ「月刊 裏ピルツ新聞」

2016年7月12日更新安全活動はカイゼンの入口と捉えてみよう

1.安全活動の目標は「ゼロ災」。納得してやっていますか?

多くの企業では、安全衛生基本理念として「安全は全てに優先する」「安全第一」「人間尊重」といった言葉が使われています。誰でも“ウンウン”とうなってしまう心地よい言葉です。しかし、現実としてはなかなか具体的な行動につながっていません。ナゼでしょうか?

その理由として、

① 先月号でも触れましたが、「腹落ちした活動になっていない」ことです。

まず、管理者・監督者が理解していないまま指示していること、実践する人も理解しないまま「安全第一なのだから」と言われると反論もできず、何となくやっていることが多いことです。

他職場・他企業で発生した災害の横展開でも、形式的な対策の羅列だけでは、身を入れた活動にはなりにくく、”やったふりをする形式的な活動”になりがちです。安全活動一つひとつが「誰のための・何のための」活動なのか自分自身で納得しなければ「やらされ感一杯」の活動になり、成果に結びつくはずがありません。

 

② 「目標はゼロ」と言う言葉と現実のギャップがあること

災害はない方が良いに決まっています。「ゼロ」と言われればその通りであり、誰もケガはしたくないので「ゼロ」を目標にしていくことは当然ですし、誰も反対しません。

しかし、製造業で休業災害が発生する確率は、1件/500人・年です。最小の小集団(2~5人)では、100年に1回くらいの確率です。つまり、ほとんどの人は、現在の作業環境や活動で仕事をしていれば、定年まで災害がゼロなのです。

「ゼロ・ゼロ!」と言っても、現実はゼロなので安全活動に力が入らないし、仕事優先になってしまっています。現場感覚からすると、災害を”減らす活動”がしっくりこず、現実は、「やらされ感一杯」の活動になっていることが多いのです。

現場は「生産第一」で良いと思います。その生産を維持する条件の一つが、災害を起こさないこと。それも会社が倒産につながるような事故や、作業者の身体が元に戻らないような障害の残る災害や死亡災害などの重篤な災害は、絶対に起こしてはならないのです。

そのためには「どのようなことをしたら事故・災害が起こすことができるか」という、逆転の発想で進める必要があると思います。

 

③ 「ケガをしたことのない人が増えている」こと

昔と違って山や野を走り回ったり、ナイフを使って遊ぶことなど少なくなった現在、公園でキャッチボールもできないなど「危ないことはダメ」と親から守られ育った人たちが社会人になっていることも一因としてあります。本来動物としての本能として持っているはずの危険回避力も退化していると思います。歩行中災害の多いこともうなずけます。

また、ナイフを使ったことのない人も増えていて、切創災害につながっています。勿論、会社でも、作業環境が整い、災害が減少したことで血の出るような災害を目の当たりにすることも少なくなりました。

私が畑仕事をしている時、こんな事を目にしました。小学生くらいのお姉ちゃんが、乳母車に一歳位の赤ちゃんを乗せて坂道を走って押しているのです。それももうすぐ交差点、時々手も離しています。私は、「危ないぞ!やめなさい」と叫びました。20m位後ろに母親がゆっくり歩きながら「姉ちゃん、こわいからやめて~」と言っていました。もしお姉ちゃんがこけたらどうなっているでしょうか?

職場に置き換えると管理者や監督者がこのような母親だったらどうなるのでしょうか、お姉ちゃんが作業者だったらどうなるのでしょうか。赤ちゃんの命が失われてからでは遅いのです。お母さんのお手伝いをすることは良いことですが、乳母車を押す時にやってはいけないこと(ケガのさせ方)をしっかり教えてからではないでしょうか。まさに「危険管理」「どうしたら事故を起こせるか」です。どこに危険があって、何をしなければならないかを教えて、訓練しなければやらせてはいけないと思います。

 

2.安全活動は、楽をするための「カイゼンの入口」

安全活動は災害を減らすための活動であることは、当然だと思います。しかし、職場では先述のように「もう既にゼロ」の確率なのです。私は、捉え方を変えてみましょうと提案しています。

災害が起きてから考えると、必ず「兆候(災害に結びつく要因)」があったことに気づかされます。家庭のお風呂で溺死する人が年間5千人前後(消費者庁)いるとのことです。

原因は、①急激な温度変化 ②湯温が高い ③お酒を飲んでいる ④浴槽から急激に立ち上がる などがあげられています。

また車の事故で考えてみましょう。①出がけに夫婦げんかをしてイライラしていた ②子供の病気のことが気になって運転に集中していなかった ③スピードを出す癖がある ④車間を詰めすぎ時々ヒヤっとしたことがある ⑤一旦停止線で止まらず交差点を通過していた ⑥整備が悪くブレーキの効きが甘かった などがあげられると思います。

交通事故の7~8割は交差点で発生し、家族の心配事・会社の人間関係などの悩みを持っている時に多いといわれています。

これらを労働災害に置き換えると「災害には必ず兆候があり、いくつかの要素が重なって発生する」と言うことになります。そうした兆候を、難しく考えずに誰でも見つけられるキーワードがあります。それは、「ムリしているなー。私にはできない」「やりにくそう」と言うことです。

高いところ・低いところの物を何度も背伸びや腰を曲げて取る作業、重たい物を持ち上げている・長いものを立てかける作業はやりにくい作業、回転体が回っている機械・設備内の中へ入るのはムリ、細い通路でリフト操作はムリなどです。

これらをカイゼンすれば仕事が「楽」にできる訳なので、全員が同じ課題に向かっていけると思います。災害ゼロ目標だけを言うのではなく、こうした考え方をしてみてはどうでしょうか?

「安全活動は、カイゼンの入口」であるという考え方・捉え方をもっと取り入れて、小さな事で良いのでカイゼンを進め、その結果に対して自慢大会をしてみましょう。きっとやらされ感から抜け出すことができ、活発な活動につながっていくでしょう。結果として災害減少につながりますし、生産性の向上にもつながるはずです。

 

 

3.「ムダ・ムラ・ムリ」の排除がキーワード

災害が発生すると対策書を作成しますが、「やった人が悪い(ルールを守らなかった、KY不足であるなど)」という原因になっている事が多い事に気づきました。

私は、「部下は、自分の息子・娘と思え」と教えられてきました。自分の子供を守れなかった時に親はどう思うでしょうか。確かにやった子(人)も悪いが、「災害を起こさせてしまった」「なぜ守ってやれなかったか」と考えるはずです。

多くの災害分析で、管理者側の反省が欠けているケースが多く再発防止につながっていない。災害には、多くの兆候がある訳なので、是非、「ムダ・ムラ・ムリ(3ム・ダ・ラ・リ)」と言う言葉を思い出してほしいです。この言葉は、トヨタ生産方式の考え方の大事な一つで、カイゼンのキーワードでもあります。

例えば、搬送機の不具合(引っかかり、設備故障など)が頻発しているのはムダの発生です。品質不良(ムラ発生)にもつながっています。そして設備停止をせずに処置をしようとムリして、挟まれ巻き込まれ災害につながっています。

「これ位は大丈夫と止める処置の省略をする人」も問題ですが、背景には、「生産第一と考えさせている職場」があり、生産を維持するため不要な在庫を持つためのコンベアーなどの搬送機がムダであり、止めにくさというムリを強いていることです。

引っかかりの原因である搬送機が真の原因と考えてみましょう。究極の目標として搬送機をいかに少なくしていくかをテーマとしたカイゼンを進めていくことにあります。

カイゼンが進むと、搬送機が1/2になり、やがてロボットに置き変わり、トヨタで言う「一個流しの原則」が現実になり、ムダな在庫や搬送機も少なくなり、災害が起きにくい環境が出来てきます。こうした活動が、設備・工程のシンプル・スリム化(本質安全化の推進)への弾みとなっていきます。

安全活動からカイゼンの切り口を見つけ、「作業を楽にする」ための前向きな活動につなげていくこと、全社的な展開をすることで能動的、腹落ちする活動につながって達成感を感じられるようになるでしょう。

hataSensei

記事一覧

ページの先頭へ戻る