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2018年1月24日更新プチ・タイムトリップはいかがですか? 小倉百人一首の世界

昔ながらのお正月遊びは皆さんもご経験あるかと思います。私は小学生のころ凧揚げや羽根つきなどをやりましたが、中高生のころは小倉百人一首にハマり、お正月は家で姉妹とよく遊んでいました。(当時はシャッフル機能など無いカセットテープでの朗詠で、A面・B面の2パターンのみでしたが…)

きっかけは、中学校の国語の授業。最初は百人一首テストのために無理やり暗記をしていたため、正直、苦痛以外の何ものでもありませんでした。それが、中学3年の時にクラスメイトから借りた漫画による解説本のおかげで、和歌の内容や背景が面白いように頭に入ってきて、そこから一気に好きになりました。

かるた遊びとしての面白さももちろんありますが、古典文学として味わうと、当時を実際に生きた人々が、いまの我々と同じように恋愛に悩んだり、自然に感動したり、孤独を感じ、人生に憂いを感じながら生きていた様子を垣間見れて、ちょっとしたタイムトリップをしたかのような余韻が味わえます。

百人一首のことはご存知の方も多いかと思いますが、今回は百人一首の世界を少しご紹介させていただこうと思います。

 

小倉百人一首とは

小倉百人一首とは、飛鳥~奈良~平安~鎌倉時代はじまりの頃までの約600年の間の和歌を、藤原定家という歌人が、義理父からの「別荘のふすまに和歌の色紙100枚飾りたい」という依頼を受けて集めたものです。集め終わった頃には鎌倉時代の初期となっており、定家は70歳だったそうです。小倉山の山荘にこもっての作業だったため、小倉百人一首という名前がつきました。それから約400年後の江戸時代には「歌かるた」という遊びとなり、庶民に広まっていきました。

百人一首には、恋の歌が43首、四季の歌が33首(うち秋が17首)、月の歌が12首もあり、そこには家定の好みが表れています。100首ぜんぶを読み終えると、たしかに恋愛の歌や秋に関する歌が多いと感じます。定家には「心を込めて詠むこと」「心がなく言葉が上手な歌よりも、心があって言葉が下手な歌の方がまし」などの、彼なりの優れた和歌に対する基準があったようです。

定家は、集めた100首を時代順にまとめています。

 

1番から100番まで順に追うと、約600年の間の時代の移り変わりを見ることができます。そして、1番と2番、99番と100番にはそれぞれ天皇親子の歌がきているのですが、王朝時代の始まりから終わりまでを100首の和歌でまとめ、その最初と最後を天皇親子の歌で飾ったところに、定家の王朝文化に対する思いが込められているのでしょう。

最後、100番目の順徳院(じゅんとくいん)による、さびれてしまった宮中の華やかだった昔を懐かしむ歌には何だか寂しくなり、そして朝廷と対立していた幕府がちょっと憎らしくも思えてくるのですが、93番目の鎌倉右大臣(かまくらのうだいじん)の歌を詠むと、複雑な気持ちになります。

鎌倉右大臣の本名は源実朝(みなもとのさねとも)、12歳で鎌倉幕府の三代将軍になりました。将軍になっても、京都の文化にあこがれて、この百人一首をまとめた定家から和歌を学んでいます。実朝はこの歌で、漁師の日常の風景をみて、しみじみとそののどかさに感動し、世の中がいつまでも変わらないでいてほしい、と詠んでいます。ですが、その願いは叶わず、実朝は28歳で甥に暗殺されてしまいました。将軍の立場にまでなった人が、戦のない穏やかな生活を望んでいただなんて、百人一首を知るまで思いもしませんでした。

 

和歌のテクニック ~掛詞~

ところで、和歌にはたったの31文字に思いを込めるための、様々な技法があります。私は古典が得意というわけではないので詳しくは割愛させて頂きますが…、その中の掛詞(かけことば)というテクニックが、私には謎かけのオチを聞いた時みたいに面白くて興味をそそられます。

掛詞とは・・・「音が同じだけれど意味が違う言葉を使って、1つの言葉に2つ以上の意味を持たせる」技法のこと

ここで、見本として60番目の小式部内侍(こしきぶのないし)の歌をご紹介させていただきます。彼女は和泉式部の娘なのですが、母親が有名な歌人だったため、母親がゴーストライターなのでは?という噂が立ったそうです。和泉式部が丹後国にいたころ、歌合(※1)が近付いてきたときに、藤原定家に「丹後にいる母上に代作は頼んだのか?」とからかわれたそうです。そこで返したのがこの歌とのこと。

現代語訳 → 大江山を越えて、生野を通る丹後への道は遠いので、まだ天の橋立の地を踏んだこともありませんし、母からの手紙も見ていません。

この歌には2つの掛詞と3つの歌枕(※2)が使われていて、その見事な腕前に、小式部内侍の噂は拭い去られたとのことです。

※1)歌合(うたあわせ)・・・平安時代に流行った和歌のイベントで、歌人が左右に分かれて同じテーマで歌を作り、勝ち負けを競いました。
※2)歌枕(うたまくら)・・・多くの人が和歌で使った地名

 

平安時代の人々と暮らしぶり

平安時代は電気がありませんので、当時の生活は超朝型です。起床は朝3時頃。朝廷でのお仕事は午前中に終わり、午後は学びや遊びの時間でした。遊びといっても風流な心をやしなうための、大事なたしなみでした。

81番目の後徳大寺左大臣(ごとくだいじのさだいじん)は、夏の到来を告げる”ほととぎす”の第一声「発音(はつね)」をきいた時の歌を詠んでいます。『初音が聞こえたので、その方向を見てみると、そこには有明の月が空に残っていただけだった』という歌なのですが、当時の貴族の人たちが夜更かしをして、そのような遊びをしていたと知ることができます。睡眠不足で次の日は大丈夫だったのかな?なんて思ってしまいますが、夜更かししてでも楽しみたい事というのは、いつの時代もあるのですよね。

そして当時は、結婚をしても「通い婚」か、妻の両親の家で一緒に住むパターンだったそうで、女性は男性がくるのをひたすら待つしかなく、女性には辛い一夫多妻制でした。そのため、男性がくるのをひたすら待つ辛さや嫉妬、心変わりへのうらめしさを詠む歌などが百人一首にも多く入っています。平安貴族の恋人たちは夜にしか会えなかったため、夜通し待たされた女性側はさぞかし辛かったことでしょう。

54番目の儀同三司母(ぎどうさんし)は、藤原道隆と結婚した頃の、幸せ絶頂の歌を詠んでいます。しかし当時は藤原氏が全盛期で、くわえて道隆は美男子でモテモテだったそうです。そのため、その歌の意味は「その先の心変わりの辛さを思うと、今日を最後にいっそ死んでしまいたい」というもの。ゴールインしても単純に喜べないとは、憂いばっかりですね。

とはいえ、辛いのはいつも女性だけなのか?というと、もちろんそういうわけではありません。好きな女性から「もう来ないで」と言われたら、それは男性側からしたら大ショック。好きな人に会えなくなる悲しみを詠む歌もいくつかあり、45番目の権徳公(けんとくこう)は、相手のそのつれない態度に「苦しくて死んでしまいそうだ」と同情を引こうとする歌を詠んでいます。女々しいと思われそうですが、そのように恋で苦しむ男性は、貴族の間では風流を理解する人と思われていたとのことです。

恋に関する歌は他にもたくさん。高まる恋心に燃える恋、歌の意味を知ってこちらが恥ずかしくなるような情熱的なものまで。恋心で日中なにも手に着かない様子や、顔に出てしまい周りにバレバレな様子などなど、なんだか素直で良いなぁとも思いますが、そんな調子で仕事はちゃんとしていたのかしら?と思わざるを得ません。そもそも、平安貴族の恋人たちは夜にしか会えなかったため、けっこう寝不足だったとしたら、あまり仕事の効率はよくなさそうですよね。

と、勝手に想像を膨らますのも、私は百人一首の楽しいところだと思うのですが、当時の天皇がそういう人々の様子をどう思っていたのか?そこが私には気になりました。40番目と41番目には、平兼盛(たいらのかねもり)と壬生忠見(みぶのただみ)が、村上天皇の主催による歌合で「しのぶ恋」というテーマで競い合った際の歌が2つ続いて登場します。「恋に夢中で、仕事にも手が付きません」って社長の前で言っているようなものにはならなかったのでしょうかね?

 

日本の独特な美意識 ”わび・さび”

平安後期に人々は「さびしい」「わびしい」と感じるものに美意識を見出します。これはのちに「わび・さび」という日本人独自の感性として根付いていきますが、当時の人々はきらびやかなものにはない、静けさや落ち着きに美しさを感じていました。

28番目の源宗干朝臣(みなもとのゆきあそん)の歌は平安初期のものですが、冬になり訪ねてくる人もいなくなった山里暮らしの寂しさを詠んでいます。当時、華やかな都を離れ、山里で質素に暮らすことにあこがれを感じ、貴族の間で山里に別荘を持つことが流行ったそうです。

これは、私の中での華やかで優雅な平安時代のイメージを大きく覆しましたし、王様や権力者といったら、豪華さを好み、それを誇示する、といった思い込みも覆しました。日本では貴族がきらびやかさよりも、質素さにあこがれたということ、その後もその感覚が消え去ることなく発展し、日本独特の「わび・さび」という美意識になっていったことがとても興味深いです。

百人一首には、秋の歌が多く入っています。紅葉の美しさを詠む歌よりも、秋の悲しさ・寂しさが身に染みるといった歌の方が多いのですが、わびしさ・さびしさに美しさを見出すということは、そういった落ち込みそうな感情を切り返す心の術だったのかな、という気がします。わび・さびの世界は、もっと奥深いものだと思いますが、私なりにそんな解釈がしっくりきたのでした。

どんなものも時が経てば朽ちたり、さびれていきます。それを劣化や衰えと思うのか、それを受け入れ美しいと思うのか。本来はネガティブに捉えられてしまうものに「不足の美」を感じたり、「特別」の方ではなく「普段」の中に心の充足を感じる「わび・さび」とは、すばらしい意識だと思います。今の時代は、新しいモノ、新しい情報、新しい技術をもっともっともっと…、となりがちですから、時には、はるか昔の人々が見出した美意識、そして今に満足する心を思い出したいなと思う今日この頃です。

 

今回ほんの一部分しかご紹介できませんでしたが、百人一首の世界はいかがでしたでしょうか?今回の編集後記を書くにあたり、AmazonのKindle版で99円の「まんが百人一首大辞典」という本を見つけまして、そちらを参考にさせていただきました。10年以上前にも懐かしくなり解説本は買ったのですが、ちょっとその本は漫画要素が少なかったのですよね。今回の本は大変感情移入ができ、改めて百人一首の世界を楽しめました。他にも様々な解説本が出版されていますので、百人一首の世界にご興味を持たれましたら、ぜひぜひ王朝時代へタイムトリップしてみてください。(N.I.)

 

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