2022年3月15日更新デジタル時代の働き方
はじめに
ここ数年、AIやロボット技術が進化し、私たちの日常生活のデジタル化が進んでいます。スーパーのセルフレジやコンビニの支払い、レストランやイベントのオンライン予約。これらはもう当たり前になってきました。
先日、たまたま美容院で隣の席に座っていた70代くらいの女性が、スーパーのセルフレジで、バーコードが商品のどこについているのかわからなくて困ったと言う話を美容師さんにしていました。ちょうどこの記事を書こうとしていた私は、聞き耳を立ててしまいました。その女性は、ATMでの振り込みにも時間がかかり、後ろに並んでいる人に迷惑をかけて申し訳ない思いをしているそうです。また、都内で道に迷って、若い人にスマホで道案内をしてもらって助かったことも延々と語っていました。高齢者にとって、デジタル機器は慣れないので使いづらいのでしょうが、使えれば便利であることも認識しているのでしょう。正直に言うと、これは他人事ではなく、私も決してデジタルが得意な方ではありません。生まれた時からスマホがある世代のように直感的に操作がわからないので、試行錯誤の繰り返しで、必要最低限の機能をやっと使えるようになると言うのが実情です。
このように、日常生活でもデジタル化は進み、避けられない状況ですが、デジタル化の波は、私たちの労働の場にも押し寄せています。「デジタル未来にどう変わるか? AIと共存する個人と組織」(上田 恵陶奈他著、2021年11月日経BPより発行)によると、将来私たちの働き方は、大きく変わりそうです。一言で言うと、AIやロボットと人が役割分担し、共存するようになるでしょう。人が担う仕事はAIが不得意なことが中心になり、具体的には、①創造的思考(抽象的な概念の創出、哲学、芸術など)、②ソーシャルインテリジェンス(コミュニケーション力)、③非定型対応(非マニュアル対応)を要する3つの分野です。
2種類のデジタル化
日本語では「デジタル化」と1つの用語で表しますが、実はデジタル化には、デジタイゼーションとデジタライゼーションの2種類があります。英語のdegitization(デジタイゼーション)は単純に人の仕事をデジタルに1対1で置き換えることであり、digitalization(デジタライゼーション)はデジタルに置き換えるだけでなく、付加価値も創出します。たとえば、顧客からの修理品の対応を電話や郵便などのアナログのみで対応していたA社が、デジタル化(オンラインやメールでの対応を追加)したとします。顧客へのサービスや作業効率がデジタル化の前と後で同じであれば、デジタイゼーションです。もしデジタル化によって、製品の到着や修理の進捗状況を自動送信メールで顧客に連絡し、作業時間が短縮されれば、これはデジタライゼーションです。顧客はリアルタイムで進捗状況がわかるので安心でき、従業員もそれらの連絡に時間を取られることがありません。どちらも利用価値はありますが、デジタライゼーションがさらに進化した形であり、今後重要になりそうです。
デジタル化による仕事の変化
AI技術が今後さらに進化すれば、AIによって、現在人が行っている仕事がなくなる、と言うネガティブな面が問題視されることがあります。著者によると、人間の仕事がなくなるのではなく、仕事の内容が変化していくことになります。一定の手順が決まっている定型作業はAIに徐々に置き換えられていくでしょうが、人間の判断力が必要とされる業務は引き続き人間が行うので、監督業務やマネージメント業務は将来も人間が行います。また、AIが自動的に何かを作ることができたとしても、それが人間にとっておいしいか、美しいか、善か悪かなどの判断もやはり人間でなくてはできない作業となります。定型作業はどうかと言うと、AIを導入するより安価である場合や、事業者が経済的な理由で導入できない場合は、人間の仕事として残ることになります。しかし、著者によると、専門的な技能を必要としない定型業務はなくなりはしないものの、今後少なくなり、待遇もよくならないと言う見解です。
AIの導入によるデジタル化の良い面として、人間の能力の拡張(オーグメンテーション)があります。AIは人間には不可能な短時間でのデータ収集や分析能力によって、人間の能力を拡張することができます。たとえば、以前テレビ番組で見たのですが、コンビニでは、AIを活用して仕入れを行っているそうです。一定の温度以下になるとおでんが売れますが、それ以上の気温ではおでんは売れ残ってしまうそうです。そのため、天気予報の情報とAIに蓄積された膨大なデータを分析して、おでんのネタを仕入れます。このようなAIの能力を活用した仕入れによって、店は少ない労力で無駄の少ない仕入れができ、顧客はニーズに合った商品を購入することができるのでWin-WInの結果になります。
デジタル時代に労働者に求められること
では、デジタル時代に労働者には何が求められるのでしょうか?労働者に必要なことは、自分のケイパビリティ(能力)を継続的に高めることです。AIの苦手な上記の三分野での能力が特に重要です。「一生勉強」、と言う言葉がありますが、これからはますます就業後の継続的な能力開発が重要になるでしょう。AIと人間が協働する時代になるので、AIの進化に連れて人間の行う作業も変化します。その変化に付いていかなければ、業務を満足に行うことができなくなります。実際のところ、現在でも、これは読者のみなさんが日々体験していることではないでしょうか。社内のシステムが変わるたびに、新しいシステムの使い方を学んだり、次々に登場する新製品の新機能や、更新されたソフトウェアの新機能について学ぶことは日常茶飯事だと思います。
デジタル時代に組織に求められること
一方、組織にも、採用、人事評価、働く環境の整備について変化が求められます。デジタル時代に対応するため、著者によると、多様な人材の採用、人事評価の変更、柔軟な働き方の提供が必要になります。たとえば、新製品を開発する場合、これからは技術革新だけでは不十分で、社会課題を解決する必要があります。どのような社会課題があるのかを把握するためには、さまざまな価値観や生活習慣などを持つ多様な人の視点が必要です。そのため、多様な人材が必要になるのです。また、人事評価の面では、今までの減点方式から加点方式への転換が必要となります。データ処理の正確さや速さはAIが得意とするところなので、AIに任せ、従業員は人が人であるからこそ発揮できる能力によって評価されるべきであると著者は述べます。つまり、先述の3つの能力(創造的思考、ソーシャルインテリジェンス、非定型対応)をどれだけ発揮できるかが重要になります。また、将来は、今までのように、同じ会社の同じ部署の人とだけ一緒に働くことが中心の働き方から、他部署や社外のエキスパートとプロジェクト形式で仕事をする働き方へと転換していくそうです。終身雇用と言う働き方は少なくなり、企業間を自由に移動したり、副業やボランティア活動などのため、複数の組織に所属することが普通のこととなるそうです。
「働き方の未来2035」と今後の展望
厚生労働省の報告書「働き方の未来2035~一人ひとりが輝くために~」によると、政府は、2035年までに、労働者が時間や空間にしばられない働き方、働く人が働くスタイルを選択できる社会の実現を目指しています。現在でも、多くの企業でインターネットを通じて、同じ空間にいなくても共同作業が容易にできる環境が整えられていますが、今後さらにこれが進みます。そのような環境では、働いた時間だけではなく、成果による評価がさらに重要になり、結果として無駄な長時間労働がなくなります。労働者が、それぞれが得意なことを仕事にし、働く場所や時間も自分で選べる柔軟な働き方が可能になります。パソナグループは本社機能の一部を淡路島に移転しましたが、現地に移住した社員からは満員電車での通勤を避け、快適に仕事ができると言う声も多いようです。今後これに続く企業が出てくることは間違いないでしょう。
また、働き手の性別や年齢を問わず、誰でも能力を高めれば活躍が可能になります。報告書では、徳島県の高齢者の女性がインターネットやタブレット端末を使いこなして、全国の顧客のニーズに応じた葉っぱを提供する「葉っぱビジネス」を立ち上げ、高収入を得ている例が紹介されています。また、海外のプログラマーと別の場所に住みながら一緒に仕事をしている20代の男性も紹介されています。この男性は、子どものころからプログラミングが好きで趣味でゲームを作っていましたが、高校生のころ仲間と作って公開したゲームがヒットし、一緒に仕事をしようと声がかかりました。都会で仕事をすることは想像できず、今でも海辺の町で午前中はサーフィン、午後に集中して仕事をしているそうです。これらの例は、現時点では特殊な例かもしれませんが、今後社会が変わっていけば、もっとこのようなことが実現しやすくなるのかもしれません。
デジタル化による明るい未来
デジタルの未来は、対応の仕方さえ間違えなければ、働き手に取って今までより働きやすいものとなります。今回、先述の書籍や厚労省の報告書を読んでみて、不安がかなり解消されました。ここでは紹介しきれませんでしたが、政府はデジタルの未来に対応するため、さまざまな政策や教育制度の変更などにも取り組んでいます。ここ数年のコロナ禍で、私たちの働き方はすでに大きく変わりました。デジタル化は日々進んでいます。個人も社会も変化を受け入れ、準備をしていく必要があります。それができなければ、報告書の言葉を引用すると日本は「ガラパゴス化」し、世界から取り残されてしまいます。
変化が必要なのは事実ですが、変化の過程で、冒頭で紹介したようなデジタル難民を取り残すのではなく、わかる人が親切に教えていく寛容さも大切だと思います。私の通っているジムでは、以前はレッスンの30分前から並んで参加する制度でしたが、昨年からオンライン予約に変更になりました。当初は高齢者から不満の声が上がり、一時はどうなる事かと思いました。しかし、スタッフがやり方を丁寧に教えたところ、今では高齢者もスマホを使いこなして予約しています。(スマホが使えない人は、当日キャンセル待ちで並んで参加することもできるので、不満の声は聞こえなくなりました。)日本人の得意とするおもてなしの心を発揮して、みんながデジタルに対応できるような環境を整え、その中で働き手が柔軟に働ける未来。そんな未来が実現することを私も願っています。
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