2018年5月21日更新ヤッホーではない自転車事故の現状
新緑のこの時期、お天気のいい日に景色が最高の場所を自転車で走れたら、さぞかし爽快なことでしょう。自転車はレクリエーションや健康目的でも人気ですが、どちらかというと買い物・通学・通勤といった、私たちの生活の中でのお手軽な移動手段として使われることが多いかと思います。
自転車は、道路交通法上で「軽車両」となっています。ですが、ご存知の通り、乗るための免許もいらなければ、年齢制限もありません。最近では電動アシスト付き自転車も普及しました。日常生活を便利にしてくれて、排気ガスも出さずにエコだとは、なんと素晴らしい乗り物なのでしょうか。
しかし、それもひとたび事故となれば、自転車は人の命をも脅かす凶器となってしまいます。いわゆるママチャリと呼ばれるシティサイクルでも、時速20km程度の速度が出せて、電動アシスト付き自転車においては、時速24kmでアシスト機能がオフとなるそうですが、自転車というのはそれだけのスピードが出せる乗り物なのです。もちろん自転車も急には止まれません。
ここ、ピルツジャパンがあります新横浜駅周辺でも、自転車やお子さんを乗せた電動アシスト付き自転車がびゅんびゅんと走り去るのを見かけますが、車道ではなく歩道上を走っている場合も多く、こちらが歩いている傍を勢いよく通り過ぎていく時にはちょっと怖い思いをします。
ついこの間、私の母が坂道を自転車で登っていた時に、大学生くらいに見える女性が、坂の上から自転車で勢いよく下ってきたそうです。その女性は道の反対側を下っていたのですが、急に進路を変えて母の正面へと入ってきました。その時、母の右側では車が走っていたため、「あぁ、もうダメだ、ぶつかる…!」と、その自転車との衝突だけでなく、横を走る車との衝突なども想像したのでしょう。その瞬間、人生の終わりを覚悟したそうです。
結局、その女性は道路からはみ出す形で(道路脇の崖のようになっている部分へ入り込み)母の横をギリギリのところで通り抜け、幸い衝突は起きませんでした。母は今でも怖かったと話しています。どうやらその女性は、その後右に曲がりたくて無理な進路変更をしたようなのですが、こういった危険行為が日常的に起きているのでしょうか?
警察庁が今年2月に発表した、昨年の交通事故の結果によると、2017年の間に起きた自転車事故の合計件数は90,407件。これは一日当たり247件、約6分に1件どこかで自転車事故が起きている計算になります。
「自分は自転車には乗らないから大丈夫」と思われたアナタも、けして安心できませんよ。相手が「歩行者」である自転車事故があまり減っておらず、近年、問題視されてきています。下の表からも分かるように「対歩行者」の事故だけ、減り幅が小さいのです。
昨年の「対歩行者」自転車事故の件数は、その前の2016年・2015年の件数よりも増えてしまっていて、2014年と比べると「1件少ない」だけでした。全労済HP(※1)によれば、「対歩行者」の自転車事故は、2000年~2010年の間に1827件 → 2760件と、なんと1.5倍に増えていたとのこと。つまり、それからずっと「歩行者」を巻き込む自転車事故があまり減っていない状況なのです。
事実、歩行者との事故で、自転車側が高額な損賠賠償と慰謝料を払うことになったケースは起きています。歩行者に怪我をさせた場合、刑事責任と民事上の責任も負うことになり、数千万円単位という恐ろしい金額となるようです。なんと一億円近くの賠償金額になった事故が実際に起きています。しかもその事故は小学生が起こしたもので、未成年によるものでしたため、その母親に支払いが命じられました。
こちらは、同じく今年2月15日に警察庁から発表のあった別の資料「平成29年における交通死亡事故の特徴等について」(※2)からの情報です。今起きている自転車事故の特徴がまとめられています。
- 自転車関連の事故は、10年前と比べて件数は減ってきているが、交通事故全体の約2割を占めており、その割合は10年前から横ばい傾向が続いている。
- 自転車事故で死亡したケースは、その原因の80%が交通違反によるものだった。
- 自転車事故の84%が「自動車」との事故。そのうちの半分(54%)が「出会い頭衝突」であり、そこでは自転車側にも安全確認を怠っていたり、信号無視や一時停止で止まっていなかったりする違反があった。
- 相手が「歩行者」である自転車事故は減り幅が少なく、2017年はその前年よりも増えてしまった結果に。
- 相手が「歩行者」であった自転車事故は、若者(24歳以下)が自転車を運転していて、高齢者(65歳以上)が歩行者側だったケースが比較的多い。
- 損害賠償責任保険に入っていた自転車の運転者は60%だった。
- 自転車の事故で怪我をしたケースでは、「腕」「脚」部分の損傷であったことが多かったのに対し、死亡してしまったケースは、「頭部」の損傷だった。
これらの分析のまとめとして挙げられているのは・・・
- 交通ルールの周知、交通安全教育の推進
- 違反を繰り返す運転者への講習制度の適用
- 損害賠償責任保険の加入促進
- ヘルメットの着用促進
でした。
歩行者が相手であった事故は、加害者は若者、被害者は高齢者であるケースが多いようです。体力のある年代であっても、当たったらさぞかし痛いだろう自転車ですから、高齢者が受ける衝撃はさらに大きなものでしょう。先述の、母が経験した怖い運転をしていた人も若者でした。最近の事故の傾向が見えてきているのならば、特に若者を対象とした安全教育をもっと実施してほしいと思います。
一昨年(2015年6月)、道路交通法が改正され、自転車の取り締まりが強化されました。それまでの自転車の交通違反には、罰金という制度しかなく、反則金のようなものはありませんでした。ですので、警察側も目に余るような違反でないかぎり摘発しにくい、といったところがあったようですが、この改正を機に、反則金レベルの摘発がどんどん行えるようになった、ということです。
具体的には、3年間のうちに2回摘発された場合、警察が実施する安全講習を受ける必要があり、これを受講しないと5万円以下の罰金です。この安全受講の手数料が5700円もかかり(これが反則金のような役目を担うのではとのこと)、しかも講習の最後にはテストもあるので、きちんと講習を受けなければなりません。
法改正の効果が出るのはまだこれからかもしれませんが、このように法改定があった後でも、まだ自転車事故は交通事故全体の2割も占め、歩行者相手の事故がなかなか減らないという状況です。事故原因としての自転車側の交通ルール違反も指摘されています。つまり、自転車に乗っている人の不十分な安全確認や、信号無視や一時停止などのルール違反が、その後の悲劇を生んでしまっているのです。
ちょっと話の流れを変えて、海外の特殊な自転車ルールについてのお話です。そのルールを日本でも適用できるというわけではないでしょうが、これまでとは違う安全対策のアプローチをする、という意味で参考になるかもしれません。
おそらく皆さんも身に覚えがあったり、見かけたことがあるかと思いますが、自転車が一時停止で止まらなかったり、赤信号を無視してしまうのは、何故よく起きると思われますか?誰だって好んでルール違反をしているわけではないですよね。
「Why cyclists should be able to roll through stop signs and ride through red lights(自転車は一時停止も赤信号も通行できるべき理由)」(※3)という記事にありました、アイデアや意見をご紹介させていただきます。
自転車のドライバーがなぜ一時停止しないのか?それは「一度スピードに乗った状態をキープしたい」「一度止まった後の、また漕ぎ出すパワーを使いたくない」からではないでしょうか。
アメリカのアイダホ州には、他の車両や歩行者の通行がないことを確認したら、自転車は一時停止でも止まらずに通行でき、赤信号でも一時停止の後に通行することができるという、特別な交通ルールがあるそうです。これは1982年より適用された、すでに36年の実績がある「アイダホストップ」と呼ばれる交通ルールです。「止まれ」で一時停止しないなんて、一見危なそうと思われるかもしれませんが、このルールに変わってから自転車の事故が減ったとのことなのです。
ここで言う「通行」とは「徐行」です。徐行を怠れば、それは罰金対象(360ドル=今の為替でおよそ4万円)です。もちろん「ほかの車両や歩行者が通っていないことを確認する」という条件は付きます。アイダホストップのルールを言い換えると、「一時停止」サインとは、「STOP(止まれ)」ではなく「YIELD(他にゆずれ)」という意味になります。他に車や歩行者がいればそちらに道を譲る、何もいなければ止まらずに通行OK、ということです。
そして「赤信号」は、「一時停止」です。信号が「赤」ならば、自転車側は一時停止をし、もし他に何も通っていなければ、注意を払いながら赤信号でも通行(徐行)できます。
死角のある車よりも、自転車に乗っている人の方が視野は広いです。車より速度も遅いですし、車のドライバーがこちらを見ていなさそうな不安を感じれば、仮に一時停止のサインがない場所でも自転車側は大抵止まるでしょう。そのため、自転車の方には正しい判断ができる、という考えがここにはあります。
アイダホストップにはもう一つの利点があります。それとは、自転車が「より交通量の少ない道を使うようになる」という点です。車の交通量が多い道路では、車に道をゆずらなくてはならないために、自転車側は頻繁にストップしなければなりません。それならば、いちいちストップしなくても済む、別の交通量の少ないルートへと道を変えた方が、自転車側にとっては効率が良くなります。一方で、車が多く通る道路では自転車の通行量が減りますので、その分、車と自転車の事故の可能性も減るのです。
逆に、アイダホストップがない地域では、自転車は一時停止でもちろん止まらなければならず、そうすると一時停止が多い道は避けたくなります。何度もストップするくらいならば、たとえ車がびゅんびゅん走っている通りであっても、そちらを走りたくなる、というわけです。アイダホストップのルールが適用され、一時停止しなくて良いとなれば、自転車は好んで車通りの少ない道を通行するようになり、安全性が高まります。
Public Health(公衆衛生)の研究者が調べたところ、このアイダホストップのルールを適用した後、自転車事故による怪我が減少していることが分かりました。そして、アイダホ州のBoise市と似たような規模で、地形、降水量、自転車の利用率も同じくらいの他の都市との比較を行ったところ、カリフォルニア州のSacramento市では30.5%、Bakersfield市では150%も多くの自転車事故による怪我が起きていることが判明しました。
こうして実証されているにも関わらず、アイダホ州以外では、コロラド州のいくつかの都市でアイダホストップが適用されているくらいで、多くの州では認められていません。2017年にデラウェア州でも適用が認められましたが、片側2車線の道路のみに限られていて、完全なアイダホストップではないとか。アイダホストップへの反対意見には、車も自転車も同じ道を走っている以上、同じ交通ルールに従うべきだ、という考えの人たちがいるからのようです。
ですが、この記事の筆者であるStromberg氏は、その考えには疑問を呈しています。車と自転車は出せるスピードも違えば、重さも違うわけだし、自転車が高速道路には入れず、逆に車は自転車専用道路に入れないように、それぞれ別モノなのだから、ルールも分けるべきだという意見です。更には、歩行者はストップサインで止まる必要がなく、スケートボードやローラースケート、セグウェイ、電動の車椅子も止まる必要がありません。そもそも自転車は道路の位置的にも、歩行者と車の間を走っているのですから、自転車の交通ルールも、人と車のルールの中間で良いのではないか?と提言しています。
ルールを守らないようなjerk(嫌な奴)は、”自分に道の通行権がない”という方が気に入らないわけで、余計に交差点を突っ切ろうとするのではないだろうか?ストップサインでも通れるというルールにしておく方が、結果危ない自転車を減らせそうだ、と。ちょっと極端な意見である気がしないでもないですが、今の守られていないルールというのは、存在していても意味ないのでは?というのが筆者の主張です。
このアイダホストップというルールは、日本とは街の作りも交通事情も異なる国での話で、簡単に日本に取り入れられるとは思いませんが、そして、日本の自転車事故は交差点ばかりではなく、直線上でも歩行者が建物や店舗から飛び出してきて自転車と衝突するケースが起きているようですので、その点でもまた別の対策が必要だと思います。
ですが、なかなか事故の絶えない日本の道路交通安全事情を良くするためには、「交通ルールの遵守」に力を入れるばかりではなく、自転車ユーザーや車のドライバーの心理や行動面を取り入れ、ルールに柔軟性を持たせるというのも一考に値するのではないでしょうか?
※1 https://www.zenrosai.coop/zenkoku/kanagawa/2012/9664.html
※2 https://www.npa.go.jp/news/release/2018/20180213001H29sibou.html
※3 https://www.vox.com/2014/5/9/5691098/why-cyclists-should-be-able-to-roll-through-stop-signs-and-ride
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