2022年6月13日更新ウェルビーイングについて考えてみた
先月、Vision Zero Summit Japan 2022がオンライン形式で開催されました。Vision Zeroとは職場における労働災害、職業性疾病、危険要因をゼロにすることを目指す国際的なキャンペーンであり、2017年9月にシンガポールで開催された第21回世界労働安全衛生会議でISSAにより提唱されました。先月、このイベントの講演を聴講する貴重な機会をいただきました。3日間のイベントでは、200名以上の講師が世界中から参加し、さまざまなトピックの講演やディスカッションが繰り広げられました。今回特に、以前から気になっていた「ウェルビーイング」について、このトピックの権威である向殿政男先生(明治大学名誉教授)の講演を聴講しました。向殿先生のお話の骨子と、私見を織り交ぜて、ウェルビーイングについて考えてみたいと思います。
今回のサミットのテーマは「ニューノーマルにおける安全、健康そしてウェルビーイング」でした。安全や健康は読者のみなさんもお馴染みのテーマだと思いますが、ウェルビーイングについてはあまり馴染みがない方もいらっしゃるかと思います。私も最近まで健康との違いがよくわかりませんでした。
25年ほど前(まだ在米中)、今で言う「健康オタク」だった私は、健康になるための信頼できる情報を得るために、UC Berkley (カリフォルニア大学バークレー校)の発行するWellness Letterという紙のニュースレターを定期購読していました。商業的な出版物ではないので、広告は一切なく、文字だけが何枚かの紙に両面印刷されて、毎月封筒で送られて来ました。調べてみたら、今でもこのニュースレターは健在ですが、デジタル版になっているようです。そのニュースレターには、たとえば卵は一日何個までなら食べてよいか、コーヒーに発癌性はあるのか、心臓病のリスクを減らす生活習慣とは?などの情報が最新の研究結果に基づいて書かれていました。今でも似たような内容の記事が載っていますが、今はやはりコロナ関係の記事が多いようです。Wellnessとは「state of being healthy(健康であること)」なので、このニュースレターは健康になるための情報を発信しています。この過去の経験があるため、wellnessについては理解していましたが、well-beingと言う用語を数年前ある講演で始めて聞いた時、wellnessとの違いがはっきりしませんでした。
しかし、向殿先生はもちろんそのような疑問が出ることは百も承知で、今回の講演でも次のように説明されていました。ウェルビーイングとは「身体的、精神的な健康だけでなく、社会的に良好な状態」であり、「満足、幸福、やりがい」も含みます。「ウェルビーイングの追求は最終的には幸福の追求」ともおっしゃっていました。人間は心や身体が健康なだけでは幸福とは言えません。社会に貢献していると言う実感や、社会から認められることによってやりがいを感じることができます。それが実現できれば、一人一人が幸福になれると言うことですね。ウェルビーイングと言うのは、社会の最終的な目標とも成り得るくらい大きな目標であるように思います。
私たちはそれぞれ色々な分野で仕事をしていますが、どのような仕事であっても、誰かのためになる仕事であれば、ウェルビーイングを追求できる社会にしていくことが望ましい姿だと思います。このVision Zeroサミットを通して、日本の政府や企業の経営幹部の方々がこれを実現するために、色々な取り組みをすでに実行中であることがわかりました。後藤厚生労働大臣からは、「働く意欲のある人が、年齢に関係なく、安全に安心して働ける環境整備の取り組みを進めている」と言うお話がありました。年齢による制限がなくなれば、まだ働けるのに社会に貢献できる機会を奪われることがなくなります。Vision Zeroにはリーダーシップ、リスクアセスメント、従業員の能力開発などを含む7つのゴールデンルールがあり、宣言をした事業者はこれらに取り組むことを宣言すると同時に、「労災による休業ゼロ」などの具体的な目標を宣言します。日本では現在、5社がVision Zero宣言をしています。
Vision Zero宣言する企業はまだ多数とは言えませんが、その価値が理解されるに連れて、今後増えていくでしょう。私がピルツジャパンに入社した頃、日本で安全に投資する企業は少数でした。しかし、今ではリスクアセスメントが当たり前になっています。もちろんこれには労働安全衛生法の改正が大きく関与しています。ありがたいことに、日本政府もこのVision Zero Summit Japanに参加し、先述の厚生労働大臣の講演もありました。技術も進歩するように、社会も進化しています。向殿先生曰く、「企業がウェルビーイングと言う高い目標を追求することは、社会から信頼され、企業価値を高める」ことに繋がります。企業にとっても働く人にとっても社会にとってもメリットがあるのです。経営者の方々にこの点を理解していただき、宣言企業が続出することを期待します。
追記
ウェルビーイングについてもっと知りたい方にお勧めの本がありますので、紹介させていただきます。ウェルビーイングの第一人者、向殿政男先生の他、北條理恵子氏、清水尚憲氏が共著された「安全四学」です(日本規格協会より2021年10月第一版発行)です。安全を基礎安全学、社会安全学、経営安全学、構築安全学の四分野に分けて、わかりやすい言葉で書かれています。この記事で紹介したVision Zeroの活動や「ウェルビーイング」についても、第3章「経営安全学」の136~141ページに専門家による詳しい説明があります。興味を持たれた方は、ぜひ手に取ってみてください。
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